山の怪物『ブロッケン現象』に会う- 幸運の揃う条件は?

『あ、ブロッケンだっ!』

「おお、見事なブロッケン!すごいな~」

突然現れたブロッケン。場所は北アルプス、西穂高岳の稜線。

皆さん、この怪物の正体は何か、ご存じでしょうか?

ドイツから来た怪物はとにかく『ブロッケン』という名前

ブロッケン

誰もが一度は聞いたことがある名前だと思います。

ほとんどの場合、子供の時に聞いたのではないでしょうか。

恐らく多くの人が聞いてまず思い出すのは、ロボットアニメ・マジンガーZに出てきた『ブロッケン伯爵』。

片メガネをかけた自分の生首を手に持ちながら部下に指示を与える、悪の組織の幹部。

(爆風でとばされた自分の首をかかえて走って逃げ、サイボーグとなったという設定がスゴい。ありえないっ!)。

あるいは、ゆでたまご作の漫画『キン肉マン』に登場する超人『ブロッケンマン』とその息子で同じく超人である『ブロッケンJr』。

古くなると、ウルトラ怪獣世代では覚えている方も多い、『ウルトラマンA(エース)』に登場する『超獣ブロッケン』。

新しいところになると、『機動警察パトレイバー』の『軍用レイバー(多足歩行式マニュピレーター)・ブロッケン』。

いずれも、ストーリーの中ではドイツに由来する名称として『ブロッケン』が使われています。

鉄十字団団長で元ナチス将校の伯爵、ドイツ出身の超人、ドイツ軍で使用されていた兵器をモチーフとしたロボット… いずれもドイツがかかわっています。

しかも、全員が善玉というよりは悪玉イメージ。

唯一、超獣ブロッケンのみ名前の由来が分かりません。

この超獣(設定では ”怪獣” を超えるほど強い ”怪獣” が超獣です)は、一見ギリシャ神話に登場するケンタウロスにワニの顔がくっついているような生き物で、人間に憑依したり、幻想をみせたりと、まるで魔法使いのような能力を使いました。

放映当時は『ウルトラマンAを絶体絶命に追い込んだ最強の超獣』かといわれたほどの強敵でした。

魔法使いのような怪獣って?

そう、『ブロッケン』は実は魔法使いと関係があるのです。

そして大元の『ブロッケン』はやはりドイツに由来する名前でした。

山を登る人は誰でも知っている『ブロッケン』

登山をたしなむ人が誰もが一度はお目にかかったことがあるのが『ブロッケン現象』です。

正体を明かしてしまえば、これは気象現象の一つで、古くから『ブロッケンの怪物』として語られてきたもの。

登山家の前に山の奥深くで突然現れる、霧の中に浮かぶ人影!

誰もいないはずの険しい岩山の中、驚いた登山家は、怪物に驚いて思わずよろけ、岩につまずき眼下の崖に落ちていった…

まことしやかに語り継がれてきた『ブロッケンの怪物』の伝説の発祥地は、ドイツのハルツ地方にあるブロッケン山。

針葉樹に包まれた標高1,141mという低山にもかかわらず、年間で300日程度も霧に包まれる特異な気象で知られています。

この山は、『魔女』たちの集う山とされてきました。

ゲーテの戯曲『ファウスト』にも出てくる年に1度、4月30日の夜にほうきに乗った魔女たちが集まり宴会を開く『ヴァルプルギスの夜』。

その舞台がブロッケン山であるとの伝説が中世に広がったのは、このブロッケン山に現れる登山者を驚かす怪物が魔女の作り出した幻である、と信じられた来たからでした。

霧が立ち込める神秘的風景の残るハルツ山地のあるこの地方には中世から魔女の伝説が残っています。

魔法を使うウルトラ怪獣ブロッケンの名は、これにかけてつけられたのだと思われます。

そして、このブロッケンという気象現象。ドイツばかりでなく、日本の高山でも時々見かけられます。魔女のイメージからはかけ離れた、美しく幻想的な現象です。

その名前の由来を知らずとも、登山者たちにはよく知られ、見た人も多い。

それが、ブロッケンです。

もういちど、西穂高岳に現れたブロッケン現象を見てみます。

長い時間、重い荷物にあえぎ、落ちる汗をかきながら、岩場を登ってきた登山者が、ふと顔をあげてこの光景を見たら、誰でもハッとすることでしょう。

驚いて、足を踏み外そうになる人もいたかもしれません。

何故このような不思議な現象が発生するのでしょう? このブロッケンの正体とは?

虹のような多色の光の中にたつ黒い影は、もちろん生き物ではなく、自然が巧妙に作り出した芸術です。

そして、正体を知るには、実はブロッケンがどこに現れるのか考えるのが懸命なのです。

実際にこのブロッケンを見たのは、西穂高岳だと書きましたが、もう少し当時の詳細を見てみます。

下はその時の現場の写真です。

その時は西穂高岳目指して、手前から左に回り込んでいるヤセた岩尾根の上を歩いていました。

この時、前後に他の登山者はいませんでした。ブロッケンを見たのは自分一人の時です。

風は左側の険しく切り立った飛騨側の谷から、沸き立つ霧(ガス)とともに強く吹き上げてきていました。

一方、この時は朝一番のロープウェイで稜線に上がり、西穂高岳を目指して歩いていました。時刻は朝の9時。太陽の光は東の信州側、つまり稜線の右上からあたっていました。

この時、ブロッケンはどこに現れたのでしょう?

ブロッケンの現れる条件

もうおわかりでしょうが、沸き立つ雲(ガス)に浮かび上がる虹色の輪を背にした人影。『ブロッケン現象』のその「影」の正体は、「登山者自身の影」です。

この時、ブロッケンは、進行方向左手、飛騨側の谷下のガスの中に現れました。

ふと、左の笠ヶ岳の方向を見ると、足元のガスにぼんやりと浮かび上がったのです。

太陽の光が登山者の背後から差し込み、自分の影がガスにうつり、その周りには虹のような光の輪が出来ています。

観察していると、谷から湧いてくるガスは稜線付近で太陽の光に温められて、消える状態が続いていました。

自分がガスにまかれてしまえば、ブロッケンは見ることも困難だったはずが、足元で消えていくので、視界がきいて見ることが出来たのです。

その後、飛騨側から吹き上げるガスは徐々に稜線を超え、あたり一面が乳白色の世界になってしまうとブロッケンは消えて見えなくなりました。

これはブロッケンを見てしばらく後に西穂高山頂に着いた時の写真です。写真奥に見えているのは日本で3番目に高い奥穂高岳 (3,190m) で、西穂高岳から日本でも屈指の難路の岩尾根が続いています。奥穂高岳は一瞬だけ姿を見せたのち、完全に隠れてしまったのです。

ブロッケン現象はいつ、どこで、見れるのか?

難しい質問です。

が、西穂高岳での観察から、以下に述べたような条件が整えば、ブロッケンが現れる確率は大きい事が分かります。

①急こう配の谷があること

②それを足元に見ることが出来る場所であること(やせ尾根の上、稜線上)

③谷から風が吹きあがり、稜線上で消える程度である状態であること(尾根を越えるようだと周りがガスにまかれて視界が得られなくなる)

④太陽が谷にむかって背後にあること

このような気象条件は、悪天から好天に変わるタイミングや、その逆の場合が多いです。

場所については、太陽の位置を考える事が必要です。

朝の時間は山脈の西側に位置する山の稜線から、西の谷にブロッケンが現れやすいでしょう(今回の西穂高岳もそうです)。

逆に午後は東側の稜線がチャンスとなります。私が最初にブロッケン現象を見たのは同じ北アルプスの東に位置する常念山脈の燕岳(つばくろだけ)ですが、午後にキャンプ地で夕食の準備をしている最中、東の安曇野側の雲の中に確認出来ました。

あくまで経験によるのですが、穂高連峰の中でも西の端に位置し、谷からの風が西から真っ先にあたる西穂高岳の稜線は条件がそろいやすく、午前中であればブロッケンを見るチャンスが多い場所だと思われます。

ただし、この稜線は1967年8月1日、落雷により高校生を含む死者11人という事故が起きた場所(独標ピーク付近)。ブロッケン現象が現れる場所は切り立った稜線が多く、このような場所は雷が発生したら逃げ場がない危険地帯。

自然が生み出すマジックを見るために、ガスの中を、危険な稜線で長く待つことはお奨めしません。

ですが、幻想的なブロッケン現象は、会えたら嬉しい怪物であることは間違いありません。幸運を!