タイトル同様に、読者に「よりそう」本だ。
ボランティア活動、災害復興支援の本と聞くと、書き手の熱い想いが全面に出すぎて少々あつくるしいと感じてしまう事もあるのでは、と身構えてしまう人も多いだろう。
だが、この本の著者・鎌倉さんの語り口は、ソフトで淡々としている。
それでいてどこまでも心地よい。
読む前の身構えた気持ちのハードルがすぐに消えて無くなってしまったのは、文章から鎌倉さんがあたかも自分の側によりそっているかのように感じたからだ。
東関東大震災直後に始めた『移動図書館』プロジェクトの話は最後まで自然体で語られていて読後感は涼やかさを覚えた程だった。
『カンボジア、そして東北。本を通じて人々によりそう』
つい数日前、NHKの総合番組で愛媛県松山市の離島を走る移動図書館を追った番組を見た。
僕がまだ学校に行く前の幼少の頃、幾度か見た事もある「移動図書館」。
世の急激なIT化の波に揉まれ、消えつつあると思えた本を積んだ小さな車は日本の片隅でまだ元気に走っていた。
日焼けした顔で笑いながら松山の離島で本を返しにきたおじいさんの一言が印象的だった。
「紙に印刷された本の温かみはいいねえ。携帯メールやニュースは一瞬で消えちゃってね、もう一度読みたくてもすぐ消えちゃうんだよね… 味気ないなあ」
そう、本は読む人を急がせる事はない。
デジタルのように一瞬で消える事もなく、何度も読み返して咀嚼(そしゃく)出来るのも嬉しい。まさに、読む人によりそうような媒体なのだ。
そんな「本」の世界を愛する気持ちが鎌倉さんの原点なのだろう。
その視線は、支援活動を通して常に被災した人々にやさしく向けられると同時に、本を通して彼らにも自立を促す、さりげないメッセージが添えられている。
未曽有の災害を経験した現地の人々には、手を差し伸べようとしてもなかなか伝わらない、「こちら側の想い」。
良かれと思って送られた善意の贈り物がかえって重荷になったり行き場所を失う例は多く、報道もされている。
現場の声を細かく拾い上げ、求められる援助を適切に送り届けるには、あまりにも物や人がない… いや、求められるものが何かすら把握する事が極めて難しい。
ギャップは大きいのだ。
津波の威力は極めて暴力的。人の想像を超え、想い出を拾い集める事さえ許さない程に根こそぎ人々からすべてを奪ってしまった。
励ましの言葉さえ、彼らには空しく聞こえたであろう事は想像に難くない。
当時、国際ボランティア会「シャンティ」の広報課長として現地に入った鎌倉さん。
彼女はそんな厳しいギャップに直面しても、避難所をまわって出来る限り人々の声を集める。
そして、シャンティのコアワークとしてアジアの国々を中心に活動してきた「図書館」こそが彼らによりそい、希望を灯す道しるべになる支援に相応しいのでは、との思いが湧く。
そこから岩手の被災地を走る『移動図書館』をゼロから立ち上げていく鎌倉さんたちの奮闘が始まる。
長年カンボジアという苦難の歴史を経た国で図書館を展開するNPO援助活動を行なってきた彼女だからこそ出来る『本』を通じての援助。
面白いのは、ただの移動図書館ではないことだ。
鎌倉さんたちが立ち上げたのは、被災者たち自身が本の提供から準備、運営に関わる、いわば『自治会』的運営の移動図書館。
図書館の建物は流されてしまった。避難所からの移動手段すら窮する中で「本」を送り届けるには移動図書館という手段は最適だ。
カンボジアでの8年にわたる援助活動の経験から鎌倉さんは図書館の本質が本を置く事でなく、「届けること」にある事を理解していたのだと思う。そして何より大切なのが、図書館を通じて現地の人々に自立を促すという事。
車も、人も、肝心の本すらない中で手探りの日々が続く。
鎌倉さんたちはあくまでもサポート役に徹し、被災地に住んでいた人たちが自主的に立ち上がり動き出すのを見守る。
発展途上の国だけではなく未曾有の災害に見舞われた被災地にあっても、仕組みつくりや運営活動を通して彼らの自立を促すというそのユニークな発想が素晴らしい。
生きる目的も未来への希望もなくなってしまった人々に、「苦しいからこそ自ら立ち上がる事が大切なのだ、そして日常を取り戻す勇気のともしびを心の中に育てるよう、傍でよりそってあげよう」… それは戦火に見舞われた国でも、荒地になった東北にいても同じ。
どこにいても彼女は自然体だ。
確かに「届けたもの」
鎌倉さんが被災した人々に届け続けたのはたしかに「本」だ。
しかし彼らに届けようとしたものは本当は、無くなってしまった思い出ではなく、語り継がれるべき記憶、再び立ち上がるために一生の支えとなる新たな「思い出」ではなかったかと思う。
絵本を読みたい子供たちだけでなく、移動図書館を運営していく中で大人たちも生きる目的を見出す。それは津波に流されてしまった過去に変わるかけがいのない財産となる。
『本』とは面白いものだ。
読んで空想の世界へ旅立つことが出来るかと思うと、読むことで現実に立ち返る事も出来る本もある。
まるで、異なる時間や空間を行ったり来たり出来る「不思議の国のアリス」に出てくるウサギの穴のようだ。
どんな本を手に取るかで、ウサギの穴が通じている行き先は変わる。
本の背表紙を見ていると不思議と読みたくなる本がある。また、逆に本から「手にとってください」と語りかけてくるような事もある。
僕は背表紙こそが本のプロフィールだと思う。
背表紙が気に入ると、手にとって表紙をながめ、そしてようやくページをめくる。
図書館がワクワクするのは、一目見て本の背表紙がいっぱい並んでいるから。
僕にはやってきた移動図書館に並ぶ本の背表紙を見て喜ぶ東北の子供たちが想像できた。
「アリスのうさぎの穴がこーんなにいっぱい!」
鎌倉さんが届けた「いわてを走る移動図書館」はアリスの国そのものだったに違いない。
走り続ける「いわてを走る移動図書館」を見届けて、鎌倉さんはシャンティを去った。
ご本人も新たな「アリスのうさぎ穴」を見つけたのだと思う。
今はその経験を生かしてさらにその活動を広げ、度々新聞でもお見かけする。
幾度かお会いした事があるが、常に自然体。
そしていつも本や執筆への大きな愛情を感じる。
走り続ける鎌倉さんのエネルギーは尽きない。
エールを贈りつつ、彼女の新しい著書が出るのを楽しみにしている。
▶︎著者 鎌倉幸子さん