山岳遭難死の約20%はいわゆる「突然死」。そのほぼ全例が心筋梗塞

登山人口が増え、山が混み出しています。山行スタイルも様変わりする中で、年齢から体力が落ちる世代で多くの人が命を落としています。

その数は道迷いや滑落・落石などによる死亡事故に次ぎます。

登山中ではなかったものの、私も突然に心筋梗塞に襲われて心肺停止して意識を失って倒れた経験があります。幸いに一命をとりとめ、奇跡的に後遺症などもなく社会復帰して、何事もなかったかのように生活をしていますが、以前のようなアグレッシブな登山をするにはやはり気が引けます。

家族の心配もあり、いつどこでまた心臓が止まるかという不安から、日帰りの低山から徐々に再ステップアップの最中です。

もし、もう一度倒れて、しかも今度は山の中だったら…

自分の苦い経験と、再び山に戻りたい気持ちから、『山で突然死しないため』には何をすべきかを調べてみました。

遭難が増えた原因は ファスト&ライト(速く、軽く)重視へ。

多忙な現代人の貴重な週末、山に行くからには限られた時間を山の中での行動に費やしたいと思うのは自然なことです。

このため夜中に車で入山口まで走り、日が昇るまでのわずかな時間を仮眠にあてて登り始める、というパターンが非常に増えてきました。

この傾向に拍車をかけたのが、近年の『ファスト&ライト(速く、軽く)』という山行スタイルの変化です。荷物は極力絞って身軽になることで、長距離を歩け、より高くより深い山へとたどり着く。

以前は北アルプスの山を日帰りなんて考えもしませんでしたが、常念岳、燕岳、蝶ヶ岳から槍や穂高、剣岳まで日帰りでピークを踏む行動があたりまえになってしまいました。

山麓の駐車場はどこも駐車スペースを見つけるのが大変、それだけ車で登山口へアプローチする人が増えました。

必然的に皆、寝不足のまま山を登りだします。目覚めがよくないので、食欲もわかずパンを一口だけ口に入れただけで、登山靴を履いて出発… なんて人も多い。

朝、寝不足で足を上げるのもつらかったのが、いざ登りだして素晴らしい山の風景が視界に飛び込んでくると、すっかり疲労感など飛んでしまった経験がないでしょうか。かくいう私もそうです。

『ランナーズハイ』ならぬ『トレッカーズハイ』とでも呼ぶべきでしょうか。

ついついペースも上がり気味になり、写真撮影に夢中になるあまり、ちょっと立ち止まって水の補給をするのももどかしい、なんて事が多々ありました。

(北アルプス 抜戸山付近 / 2018.7.15 @kenny3)

標高3,000mの高地では酸素濃度が薄くなり、肺胞内の酸素分圧は海抜0 mの約65%にまで下がるという報告もあり、血圧が上昇して脈拍も上がり、心臓への負荷が増えることになります。

あまつさえ寝不足・少食で登山を始めるのですから、間違いなく登山者の心臓はダメージを受けているのです。

登山開始30分での突然死が多いのはこのことを物語っています。

 まず、自分の体力を知る

登山にかかわらず、スポーツ中の「突然死」の可能性は年齢を重ねるにしたがって増えていくのは避けられません。

では、山で死なないためには、何をすべきなのでしょうか。

①登山前②登山中に分けて考えてみます。

まずは、①登山前。

あたりまえですが、自分の体力や技能にあった山を選ぶべきでしょう。

そのためには

自分の心肺機能レベル・体力レベルの把握

●それに合った山・コースの選定

が必要です。

ところがまず、登山歴何十年という人でも、年間の山行日数が数日程度という人も自分ではベテランと思っている人がとても多い(自分も以前そうだったかもしれない)。

また、実際に山に行く日以外にも、日ごろから運動や体力づくりを行っているかも問われます。

感覚的なものだと思われがちな身体レベルの把握。実際に山に登ってしか、自分の体力がどこまでハードな山行に適応出来るのかを知るすべはないのでしょうか?

いいえ。

CPX (心肺運動負荷検査)』なるものがあります。

私がこれを知ったのは、実は心筋梗塞後のリハビリで実際に受けたからでした。

簡単に言えば、

心電図と呼気ガス分析装置をつけてトレッドミルやバイクで1分間運動し、運動時の心肺能力ならびに心不全の程度を把握する

というものです。トレーニングジムにあるバイクにマスクと心電図をつけて運動するイメージ。

私は外科(バイパス)手術のための体力の確認のために受けたので、残念ながら登山者が受けて得られる回答内容を知りません。

この検査を受けられる医療機関はまだまだ少ないようですが、登山者が気軽に検診できる外来が設けられるなど、最近は大きく進歩しています。

三浦雄一郎氏のアコンカグアへのチャレンジなどで山岳ドクターが久しぶりに注目を浴びたりもしていますし、国内でもっと多くの場所でこの検査が出来るようになれば、と思います。

いくつか登山者のためのCPXを受けられる病院を並べると;

山岳医療救助機構https://sangakui.jp/clinic/checkup/

自治医科大学付属病院http://www.jichi.ac.jp/hospital/top/news/006262.html

松本協立病院http://www.chushin-miniren.gr.jp/checkup/climber/

費用は2-3万程度で、『登山検診外来』が設けられているのが一般的。

以前のようにテント泊の比較的重い荷物を背負っての縦走に再チャレンジする前にぜひ受診してみよう。

次に、自分の体力にあった山・コースを選ぶ

さて、自分の心肺機能の確認をする事は出来そうです。ですが、自分の心肺能力・運動能力・技術にあった山やコースをどう選ぶのか、別の問題があります。

この点は最近、各地の山に『グレーディング』がなされてきた事で比較的容易になってきました。

いろいろな計算方法がありますが、ここでは自分が歩いた2泊3日の北アルプス縦走の例をとってみます。

初日、新穂高温泉から入山。小池新道で鏡平経由、弓折乗越で稜線にあがりその日は笠ヶ岳山荘泊。翌日は笠ヶ岳から弓折まで戻り、双六岳から西鎌尾根を槍ヶ岳まで。最終日は飛騨沢を新穂高温泉へ下山という山小屋利用のコースでした。荷物は約7Kg。

山小屋利用と荷物の軽量化で、なるべく長時間山の稜線歩きを楽しむことを目指したため、歩いた距離と時間は比較的長め。

グレーディングの要素のうち、技術的要素についてはここで議論としないので、割愛します。

もう一つの体力的要素を計算。これに用いられている数字に『ルート定数』なるものがあります。

その計算方法です。

この式を用いて、私が歩いたこのコースのルート定数を求めてみます。

この定数を元に、各地域で山のコースの体力的グレーディングがされています。

長野県や静岡県、そして岐阜県ではこのルート定数を10段階に区分けしてグレード付けしています。

ちなみに本コースのルート定数6,404を岐阜県のグレーディングに当てはめると、体力度は最高の10となり、2泊3日以上が適当、となりました。

参考(岐阜県 山のグレーディング:岐阜県公式サイトより)

https://www.pref.gifu.lg.jp/kurashi/bosai/sangaku/11115/grading.html

 水とカロリーは十分だったか?高妻山登山で検証

ここまで、山に行く前に自分の体力を確認し、それにあった山とコースを選ぶことが客観的に出来ることを確認しました。

山での突然死を避けるためには、それだけではなく、実際に登山に入った後も気を付けるべきことがあります。

前述のような寝不足状況は、無理な計画を立てないことでしか避けられません。やめるべきでしょう。

それでもなお、注意すべき点があります。②登山中に注目したいのは水分とカロリーの十分な補給です。

自分の心肺機能にあった山とコースを選んでも、当日適切にこれらの補給をしなければ、心臓に大きな負担がかかるからです。

水分補給とカロリー摂取については、つい先日日帰りで往復した信州の戸隠・高妻山を例にとって計算してみました。

いろいろな計算式があるようですが、今回は誰でも使えて簡単に覚えられる式を用いました。

消費カロリー (kcal): 自分の体重(kg) x 運動時間(h) x 5 kcal

水分(ml)                     : 自分の体重(kg) x 運動時間(h) x 5 ml

高妻山は戸隠連峰の最高峰で、標高2,353m。初夏にはシラネアオイやキバナノアツモリソウなどが咲く隠れた花の名山。深田久弥の日本百名山にも選ばれています。麓の戸隠キャンプ場からの往復は、標準コースタイムで9時間10分、標高差1,200m。日帰りの山としてはなかなか手強い山。

夜中のドライブで登山口の駐車場に着いたのが朝3時。

登山開始は6時、朝食はサンドイッチだけで出発です。終日快晴で、北アルプスの大展望を満喫して山頂には1時間ほどもいました。

(好天に恵まれた高妻山より北アルプス白馬三山遠望 / 2019.9.14 @kenny3)

この日担ぎ上げた水は2リットル(経口補給水)、食糧はサラダチキンやカロリーメイト、チョコや飴の行動食のみ。非常食のチーズとエナジードリンク以外は全て無くなりました。下山後の夕食はカツカレー。

この高妻山登山で必要なカロリーと水分は前述した計算式から次のようになります。

ここで、注意点が一つ。山歩きで消費するカロリーだけではなく、安静時に消費するカロリー(つまり基礎代謝量)も忘れてはいけないという点です。

Apple Watch の計測では運動消費エネルギー(アクティブエネルギー)と安静時消費エネルギー(基礎代謝量)を足した数値は 3,214kcal 。簡易計算予測結果と実際の計測では多少の差はありますが、その日摂取した食事内容からは、明らかにエネルギー不足な事が分かります。

不足分は体に蓄えられた脂肪がエネルギーとして消費されるため、3,000Kcalを超えるエネルギーをその日のうちに絶対に摂取しないといけないわけではありませんが、何日も山に入るような時には注意すべき点です。

そして水分補給量も不足していました。下りのルートは尾根道で、水場が無い事を考えるともう1本500ml のペットボトル水を持つべきでした。

平地では水分の取り過ぎは心臓には負担となりますが、冒頭で述べたように山では水分不足は心筋梗塞を呼び込む危険因子です。

なお、Apple Watchには心拍数の計測機能があります。これも最大に利用します(登山における最大心拍数については別に記事を書く予定です)。

山で突然死を避けるには – まとめ

以上、山に行く前と、山に出かけた後で、山での「突然死」避けるために何をすれば良いかについて書いてきました。

まとめると、

①登山前

事前に登る山とコースを自分の体力に照らし合わせて確認し、無理のない予定を立てる

夜行日帰りなどは出来るだけ避け、十分な睡眠と食事をとってから登山を始める

②登山中

ウェアラブル端末などで心拍数を確認しながらゆっくりとペースを守り、適時休みながら登る

行動中は、十分なカロリーと水を補給する

当たり前のようで、出来ていない事がいかに危険な事かは、統計が示しています。

「自分だけは大丈夫だろう」、そう思っている人へ。

「突然死」になりかけた自分だから声を大にして言えます。

「例外はありません」

最後に… 山は都会と違う !!

幸いに倒れたのは都会の真ん中、周りには同僚たちが大勢いたので、すぐに心臓マッサージをしてもらったと聞きました。また、倒れた建物の前に消防署がありAEDを持った救急隊員が走って駆けつけてくれました。搬送された病院までは5分足らず。

止まった心臓が再び動き出したのは、ICUの中。

生死の境をさまよい、処置を続けて目が覚めたのはなんと5日後でした。

「あれ、山で滑落して意識を失っていたのか?」

目覚めてこう思ったのも無理ありません。実は、倒れて心肺停止となる2日前まで、北アルプス・雲の平から水晶岳・黒部五郎岳と2泊3日で夏山縦走していたのです。

倒れたのが山の中であったならば、私は今、こうしてこの記事は書けてはいないでしょう。

天気も最高で花も何年ぶりかの当たり年。素晴らしい縦走でしたが、もしかしたら最後に見た景色が夏雲が湧く槍ヶ岳になっていたかもしれない。

自分にも心臓が悪い兆候は何もなかったのです。血圧も良好、コレステロール値も問題ない。なのに…

アルプス最奥の水晶岳の稜線で倒れていたらどうなったでしょう?

そこにはもちろんAEDもなく、治療を行える病院どころか山小屋の診療所もありません。

心筋梗塞で倒れた人が生還出来るタイムリミットは30分… 分刻みで死に近づいて行くのです。

あれからもう1年。アルプスにも行けるまでに体は回復しました。

拾った命で書いたこの記事が、1人でも多くの登山を愛する人が無事に山から戻ってこられるようにと、役に立てば幸いです。

(北アルプス最奥部の水晶岳稜線 …ここで倒れていたらどうなっていたことか / 2018.7.22 @kenny3)