輝く季節、静けさを取り戻した上高地へ

静かな上高地が戻ってきた

一年で上高地が一番輝く季節になった。ニリンソウが咲く林床、ケショウヤナギの淡い新緑はまぶしく、梓川の流れはどこまでも清らかで残雪の穂高を水面に映し出す…

ニリンソウと新緑のまぶしさに毎年のようにこの時期上高地に出かけるが、今までとはずいぶん違う。

気ままに歩ける楽園のような上高地。あれだけいた外国人の観光客の姿もなく静かで昔の姿を垣間見るよう。
昔ながらの山小屋の姿を残す嘉門次小屋も静か。小屋の前で休めばふとウェストンの時代にタイムスリップしたような感覚も。
出かけにくい世情はあれど、うまく密を避け時間をずらして静かに歩いて自然と語り合えて素直な自分にかえることが出来る…これはとても大事な事。

大正池から田代池をへて河童橋へと自然研究路を歩く

沢渡(さわんど)からのバスが釜トンネルを抜けて上高地に近づくと、左手に一瞬だけ樹林が切れて大正池の展望が大きく開ける場所を通過する。

穂高連峰と大正池が一枚の絵のようで、まるでカナディアンロッキーかと思うほどだ。車窓の高いバスの最前列の左側の席に座っていないと樹木に邪魔されてしまい、カメラでとらえられないアングル。

今回は上高地手前の大正池でバスを降りて河童橋までゆっくりと歩くことにする。

さっそくニホンザルに出会う。本当にどこにでもいる。数が増えたというよりは人になついてしまったという方が正しいかもしれない。それほど以前の上高地は人が多かった。

今はコロナ禍のためかずいぶんと静かな上高地。山に通い始めの頃だった昔に戻ったようでうれしい。

新緑がまぶしいヤナギやケヤマハンノキの疎林の道を行くと…

しばらくで穂高連峰の姿を水面に映す田代池に着く。

ここからしばらくで梓川沿いを行く道を選ぶ。峩々とした西穂高岳の稜線に前景のケショウヤナギの新緑が眩しい。

梓川の流れは想像以上に速く、そして水はとても冷たい。雪解けの季節ならではだろう。

奥には上高地の門番のようにそびえたつ焼岳の残雪模様が美しい。

梓川が大きく屈曲する場所に来る。このあたりが上高地では一番穂高連峰が形よく眺められる場所で好きである。

梓川の清流の奥に、岳沢からそびえたつ穂高の岩壁。まさに「上高地」のイメージそのものだ。

残雪の時期は夏山シーズンよりも穂高の岩稜の険しさが際立ち山が一番輝く季節だろう。

ジャンダルムとロバの耳。

歩くほどに穂高も姿を変えていくので飽きることがない。

一気にせりあがる明神岳。この山から前穂高岳へ縦走が頭にあるのだが、ザイルパートナーが必要な難ルート。

川沿いの遊歩道を山々の景色を楽しみながら歩くと河童橋に着く。

花の街道を明神へ

この季節に上高地を訪れる楽しみは残雪のアルプス景観と、もうひとつは初夏を彩る花々だ。特に大規模なニリンソウの群落はよく知られていて、毎年通っている人も多いだろう。健脚ならば徳沢まで日帰りも出来るのだが、我々も同じ花の撮影目的でカメラ片手にのんびりと明神までの往復だ。

まず現れるのはミヤマカタバミ。

シロバナノエンレイソウ。

これは猛毒のハシリドコロ。歩道のすぐ脇に咲いているので、手で触ってはいけない。

エゾムラサキ。

明神岳をバックに咲く白い花はサンカヨウ。

明神が近くなると待望のニリンソウが出てくる。

上高地のニリンソウの季節は5月中旬から下旬。

林床に広がるニリンソウのカーペットは見事。初夏の上高地の代表的な花風景だろう。

ニリンソウの中には珍しい緑色の花が見つかることもある。

「先祖返り」といって進化を遡るような現象だといわれている。

花々を楽しみながら歩いていくと登山者の行きかう明神館だ。穂高連峰や鎗ヶ岳、常念山脈から下ってきた登山者たちが荷を下ろし息をつく。徳本峠のクラッシックルートを楽しむ人もここで立ち止まる、山の要のような場所だ。

ここからは梓川に沿って徳沢、横尾とアルプスの懐にむかって道が続くが、今回は明神館から奥に別の道を明神池と穂高神社奥社へと向かうことにする。

囲炉裏を囲む昔ながらの山小屋・嘉門次小屋

明神館から梓川へ向かってはラショウモンカズラが多い道。

梓川に来ると目の前に明神岳の景観が広がる明神橋に到着。

橋で梓川の流れを対岸へ。すぐに右手に嘉門次のレリーフが見えてくる。

上高地を語るうえで、日本アルプスを欧米に初めて紹介したイギリス人宣教師ウォルター・ウェストンと彼のガイドを務めた上條嘉門次の名前はあまりにも有名で、山好きの人で知らない人はいないだろう。

このレリーフをすぎてしばらくで嘉門次小屋はある。

明神岳を望むこの素晴らしい場所に嘉門次が狩猟のための小屋を建てたのが小屋の始まり。生涯で仕留めたクマ80頭、カモシカ500頭というから並みの猟師ではない。上高地から穂高岳、笠ヶ岳などの山々を知り尽くしていた彼だからこそウェストンがガイドとして彼に白羽の矢を立てたのもうなずける。

今でも建てられた当時の面影を残す素朴な小屋は山旅の風情あふれる昔ながらの山小屋だ。

中をのぞくと、昔の山小屋はかくあっただろうと、誰もが頭に描くような囲炉裏。星降るアルプス一万尺の一夜、この小屋で夢を結べたのならきっと忘れられない思い出になるに違いない。

奥の壁に掛けられたピッケルはウェストンが友情の証にと嘉門次に送った貴重なものだという(現在は寄贈された大町山岳博物館にて展示 2023.10.1 追記)。

小屋の名物はイワナの塩焼き。

「50分かけて焼いているので火が十分にいきわたってとっても柔らかいんですすよ。頭から尻尾まで食べられますよ」

小屋の方にすすめられるままに昼食にといただいく。大正池からここまで歩き心地よく疲れた身体にこのイワナの美味さはたまらない。これをいただくだけでも来たかいがあったものだとさえ思う。

山での自炊もよいのだが、ここまで来たのであればぜひ小屋での食事を楽しみたい。

ここまでゆったりとした上高地を楽しんだのは初めてではないだろうか。

明神池は二ノ池の絶景を見逃さないで

嘉門次小屋を出て明神池に向かう。この池には穂高神社の奥宮がある。

穂高神社の敷地内に入る人はそれほど多くないかもしれない。有料(300円)であるからだろうが、是非とも奥宮に参拝すると同時にさらにある池を歩いてもらいたい。

特に明神池二ノ池は素晴らしい。まるで日本庭園のような景色がひろがるからだ。明神池の本当の素晴らしさはこの二ノ池の静かな風景にあると思う。

上高地のどこにも見たことがなかったイワカガミがひっそりと咲いていた。

帰りは行きとは別に梓川右岸の道を戻る。行きにたどった左岸の道はほとんどが樹林の中。花は多いが景色を楽しむには帰りの方が良い。

岳沢湿原からは六百山が高い。

梓川と奥に霞沢岳。

最終バスの時間(上高地から沢渡への最終バスは16時45分)を気にしながらも、ゆっくりと歩いても1時間半ほどで上高地バスターミナルに戻れる。むしろ午後遅くの時間帯の方が静かで人も少なく本来の上高地を感じることが出来る。

この時期の上高地はゆっくりと時間をとって花や景色を楽しみたい。

いつまで上高地が静かなままで楽しめるのか今は分からない。人が減った分、空気が心なしかより澄んで、自然のみずみずしさが感じられたのは気のせいだろうか。