『きゃー、三日月様♡ やっとお会い出来た〜』
『これよ、これ ! この打ちのけが凄いのよっ ! さすが天下五剣の筆頭よね』
日本刀を前に大騒ぎしているのはみな、女子ばかり。ここ、京都の国立博物館だぞ。美術品見に来るのは、比較的年配の人が多いのじゃないのかい? 聞こえて来る黄色い声を聞いていると、ここは渋谷のストリートか、はたまたアニメのコミケかと思えてくる。
三日月様にメロメロ❤️
『太刀 三条宗近 (名物 三日月宗近)』 平安時代 10-12世紀 (撮影は2017年東京国立博物館 本館展示にて)
全く持って驚いた。人気があるとはいえ、刀。しかも日本刀だぞ? 人を文字通り “斬る” 道具なんだぞ。なんだってそれを三日月様と、「様」付けで呼ぶんだ? おーい、後ろに♡マークまで付いてるのかいっ! 憧れのスターやアニメキャラじゃあるまいし…この待遇にはおじさん、納得出来ないんだが。
え、キャラなの? 『刀剣乱舞 -ONLINE- 』… へぇ、三日月様は刀の化身だってか? ここまで美貌の好青年キャラになってしまって…へぇぇ。人を斬る刀の化身だって言うから、頰に刀傷でもありそうなゴツい時代劇の悪役みたいなキャラかと思ったよ。全然違うじゃあないのっ!! 何、何? フィギュアが300万円って!?
そりゃ、こんなイケメンキャラなら女子はメロメロになっても不思議じゃあないなぁ。
昨年ぐらいから、美術館や博物館で刀を見る度にやたらその前だけ人が多いなぁとは感じていたのだけども、ここまで凄まじいブームとは。そんな中やって来たのが『特別展 京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ』(京都国立博物館)である。初日来場者4,500人の内8割が女性だったという。混雑を避けて来たのは展示の最終日。
会場に来ていた刀剣女子に聞いてみた。
『何で刀の展示なんかに来たの?』
『えー、格好いいじゃ、ないですか』
『それ、アニメのアイコンの方のキャラでしょ? 刀そのものじゃなくて…』
『そちらも勿論イイけど、刀そのものも凄く魅力的。見てくださいよ、この打ちのけの綺麗な事。三日月の特徴といえばこれですよー』
『(む、う、ウチノケって何だ? どれ、どこの事やねん… 汗)そ、そうだよね。め、名刀だしね』
『でも、私、どちらかといえば古備前の繊細なデザインの方が好きかなぁ…、あ、三条派も悪くないけど小板目の地金の冴えはやっぱり来国光ですよね ! 』
『コイタメのジガネ、ジガネ… ああ、そうだね。僕もその点意見は一緒だなぁ。だけど、古備前、うーん、古備前ねぇ、そう…』
『古備前ではどのあたりが好きですぅ? これなんかですかね ?』
指指す方向に銘板。なになに、『包平』か。
『つつみひらも、悪くないけどねぇ…』
『ハァ? ツツミヒラって… あははは! カネヒラですよ、カネヒラ。名物ですよね、この刀も』
タジタジである。聞けばやはり刀に興味を持つきっかけはオンラインゲーム『刀剣乱舞 -ON LINE- 』だった。彼女はそこから刀そのものにも興味を持ち、ハマってしまった。今では展示会場にある刀剣の見どころなどもすぐに分かるのだという。絵画や彫刻、陶磁器などと同じく作者の個性や特徴、出来栄えの良し悪しがあるのは当たり前、刀剣とて鑑賞のポイントは同じなのだ。
しばらく、優しいその「刀剣女子」は古備前の名物についてケニーに教えてくれると、『刀、奥深いですよ。勉強するともっと面白いですよっ』そう言うと、三日月とならんで今回のハイライト展示である「銘 則国」なる刀を最前列で見るために館内の長い長い人の列に並ぶと言って目の前から消えてしまった。
そこそこ美術の知識には自負があった僕もタジタジだ。確かに刀って美術品という目であまり見てこなかった。どちらかと言えば道具であって、歴史博物館にあるものだというイメージ。昨年来、東京国立博物館に行く度に、「なんだか刀剣の展示が増えたなぁ」ぐらいの気持ちで刀剣類はいつもザっと見て終わりだったのだ。
列に並ぶ彼女を追いかけて話をしたところで、再び恥を掻くだけだと思った僕は潔く別の展示品に足を向けたのだった。
国宝の40%が実は刀剣
女子と別れてから、僕は4時間も展示室を歩き回り、じっくりと初めて刀というものを見てまわった。説明を詳細に読み、じっくりと現品の細部を見てみる。
うーん、なんだ、面白いぞ。実に面白いじゃあないか。見れば見る程、知れば知る程に楽しめる深みがあるのは絵画や彫刻と同じだと分かった。一度ぐらいは刀を見てもいいか、ぐらいの軽い気持ちでここに来ては見たけれども、実はこんなに奥深い世界とは。今日を境に刀に対する見方が大きく変わった。そして、一振り、一振り毎に、その刀にまつわる歴史ドラマがあるのも、さらに面白い。
驚いた事に、日本の国宝約1000件強のうち、刀剣は実に400件余り(2017年)。国宝の実に40パーセントが、刀剣なのだ。陶磁器の14点に比べればその差は歴然。国宝指定の歴史で、陶磁器を知る確かな鑑定士がいなかったなど、その背景には個々の分野で複雑な事情があるものの、刀剣は武士の象徴。世にある名品がすでに江戸時代に歴史的に整理・記録されているがために国宝指定も容易だったのが、この数だったと思う。
博物館を去る前に一冊、日本の刀について学ぼうと本も買った。帰りの新幹線でむさぼり読めるほどに面白い日本の刀。
ああ、せめて女子に会うより先に読んでいたらなぁ。もっと話が弾んで、それから… いやいや、アニメのイケメンでカッコいい刀のアイコンと比較されちゃ、たまらん。
刀剣女子は鋭い刃で、見せかけだけの美術好きオヤジを簡単に斬り倒し、颯爽と去って行ってしまった。
刀持つ 女子に斬られて 涼やかに 京の都を 後にせん
奮起して、刀をもっと知って、また次も斬られに来よう、と思うオヤジでありました。
★刀の鑑賞ポイントはこちら (『特別展 京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ』(京都国立博物館)公式サイト)
★『特別展 京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ』(京都国立博物館)は2018年11月25日をもって終了しています。
★写真は全て撮影可能な東京国立博物館で撮影した『太刀 三条宗近 (名物 三日月宗近)』(東京国立博物館所有)です。京都国立博物館の展示品は全て撮影禁止でした。
★人気が続く刀剣乱舞はミュージカルに続きついに実写映画化、2019年1月18日公開。