沖縄と三線に魅せられて10年。

毎年のように美しい島々を訪れ、その度に大きな癒しを貰っている。

日常の忙しさを忘れてゆったりと、流れる島時間に身を任せて、あれこれ予定を詰め込まずに移動も最低限にしている。その日の予定はその日の朝に決める事も多い。

その日の朝も行き先を決めたのは遅い朝食を終え、借りた車に乗り込んでからだった。向かったのは宮古島の景勝地の1つ、東平安名崎(あがりへんなざき)。

朝に島を覆っていた霧雲が晴れてきて、青空が広がり出した頃には岬の突端にある灯台まで歩みが進んでいた。ふと聞こえてきた心地良い音色。打ち付ける岬の波音と程よく融けあって、やさしく奏でられる旋律。ひとつひとつの音は力強いのだけれども、メロディとなって聞こえるのは不思議にも風や波の音と調和した、なんとも言えない落ち着きを運んでくれるような不思議な音…

その旋律が聴こえてくるほうを見ると、小さな灯台の下で一人の青年が腰をおろしてあぐらをかいていた。青年は両手でギターのような弦楽器を持ち、右手の人差し指に爪のようなものをはめて弦を爪弾き、時々そのメロディに乗せて唄を口ずさんでいた。誰を気にするようでもなく、海を見ながら。

思わずじっと見てしまった僕に気がついた青年は一度僕の顔を見返したが、気にするようでもなく視線をまた海に向けて弦を爪引き続ける。初めて見る楽器だ。そしてその楽器を弾く青年と岬の景色が僕の中でひとつになって彼の奏でる旋律が全てを包んでしまった…小さな別の「宇宙」を感じた瞬間だった。

「三線」との初めての出会いが深く心に刻まれた僕だったが、沖縄とは離れた本土に住む自分がそれを手にする事は難しいと鼻から思い込んでしまっていた。当時まだインターネットがようやく世の中に広がり始めたばかり。勤務先ですら、電子メールをようやく導入するかどうかという状況。慣れないPCでの検索に四苦八苦しながら住んでいる近くに三線の販売店や教室がないかを探しては見たのだが、何もヒットしなかった。沖縄三線は、やはり沖縄に行かないと手に入らない、特別な楽器だと勝手に諦めて自分を納得させるしかなかった。

それから数年が経ち、ネット環境は飛躍的に良くなった。そしてある時、忘れていた「三線」の言葉を思い出し、検索ボタンを押してみたのだ。

「名古屋発の沖縄三線専門店」「教室やってます」「週2回、皆んなで三線を楽しもう」

え、名古屋で専門店が出来た? 教室まで?

そそくさと出かけた店にはたくさんの三線が掛けてあった。小さい店だけれども確かに三線がある。店にいたのは1人のおじさん。

「あのぅ、初心者なんですが…」

こわごわ聞いてみるが、「まず、弾いてみて」といきなりそのあたりに置いてあった三線を手渡されてしまった。右手に爪をはめて三本ある弦の1番上の一本をドキドキしながら爪で弾いてみる。

耳に聞こえてきたのは、忘れられないあの宮古島の「小宇宙」の音色。

「簡単だよ、三線弾くの」

「大抵、一曲弾けるようになるまで、1時間かからないよ」

え?

「ギターみたいにコード弾く楽器じゃないから、覚えなくていいんだよ。旋律を弾く楽器なんだから。それに弦は3本しかないんだ。シンプルな楽器だからね」

何だか敷居が一気に低くなった。それから1時間、僕は確かに簡単な童謡の旋律を弾けるようになっていた。うん、弾けるぞ、これは。楽しいぞ。

「初めてやるひとにはこれか、そちらの1本かな。弾いてみて気に入った音の方を買えばいいよ」

手作りの三線が、1本1本音色が違う事はあまり頭になかったのだけれども、自分のフィーリングに合うと感じた方を手に取った。

「これにします」

それから三線は僕の生活の一部になった。

教室に通い、三線を通した仲間も出来、沖縄に一緒に何度も出かけた。

何処で弾いても三線の音は必ず沖縄の島風景を思い起こさせずにはいられない。ここまで楽器とそれが育った土地が切り離せない楽器も珍しいと思う。沖縄を思えば三線が浮かび、三線を思えば沖縄の島々の美しい風景が頭の中に広がる。

沖縄の方言では「美しい」事を「美しゃ(かいしゃ)」と言う。

島々美しゃ、三線美しゃ。

美しい小宇宙には何度も戻りたくなる、不思議な魅力があり、僕を捉えて話さない。

この楽器と沖縄の事もおいおい書いていこうと思う。お付き合い頂ければ…。