映画館に集まってくる人たちが面白い。
老いらくの恋に溺れるカップル。有閑マダム。どうみても釣合のとれない不都合な2人組。男同士でなぜか手を取り合っている2人連れ。一見リケジョの映画オタク美女。
なんだろう、この面々は…
そんな人たちに囲まれながら見る名作の数々…
『午前十時の映画祭』のことです。
もう10年目にもなるこのプログラム。
毎日午前10時から上映を始める週替わりの映画上映。社団法人 映画演劇文化協会という団体が主催している息の長い特別な映画興行。
おもに海外の懐かしい名作・秀作を再上映している。ごくまれに黒沢明や小津安次郎監督の作品など、日本の名作もかかる。
平日の朝十時から映画を見に来る人たち。
朝十時からの上映… 平日だとサラリーマンにはなかなかにハードルが高い時間です。
週末にも上映はあるのですが、何せ単一スクリーンでの上映が基本なので人気作品だといい席がとれない(昨今の映画館はほとんど座席指定総入れ替え制)。
そもそも、貴重な週末には色々やりたいことが重なり、終日登山など別の趣味でまるまる不在な事も多い。あるいは美術館や神社仏閣・城めぐりなども。
住んでいる名古屋地区での美術展ならいいが、主だった大きな展覧会はほぼ素通りされてしまうので、東京へ詣でる事になりとてもきめられた時間に映画館に行くことが難しい。
なので、どうしても見たい作品を厳選し、数作品だけを毎回、平日に会社を半休にして見に行くことになります。それがもう何年も恒例になっている。
例えば、『七人の侍』。
云わずと知れた、黒沢明監督の代表作のみならず日本映画の金字塔。
さすがに平日の十時とはいえ、ほぼ席がうまる盛況ぶり。
この映画を見に来ていた人たちはやはりある程度年齢の上の世代が多かった。
例えば明らかに夫婦とわかる二人連れ。
眼鏡をかけた白髪の男性と、小奇麗なカーキ色のマフラーを首に巻いていたのが印象的な女性。年齢差はあまりなさそう。
『昔、学生の時、二人でみたわよね。この映画』
『あれは△△の町の小さなスクリーンだったな。今日のスクリーンの方がおおきいんじゃないかな?』
『今日、旦那さんは仕事なの?』
映画の公開は1954年だから、今何歳なんだ? この二人は??
再上映は何度かされているだろうから、初公開時ではないだろう(もしそうなら、少なくとも80歳以上だと思われるカップルだ)。
ふむふむ、昔の甘い思い出をもう一度、同じ映画をみて… というところだな。
いやいや、旦那さんの予定を聞いていたから、今夫婦ではない。でも昔一緒に見たってことは??
うーん、やけぼっくいに火がついて、老いらくの恋にふみこんでしまったお二人だろうか。
一人で来て、誰とも話をせず上映が始まるのを待っている人も多かった。男性がやはり多い。
若い人は僕が見た日にはほとんど見なかった。
映画館によると、この特別上映ではプリントが新しく、画面の質が非常によいリマスター版での上映というのが人気を呼び、前売もかなり売れたようでした。
映画も面白いが観客も面白い
次は『続・夕日のガンマン』。
一度聞けば絶対に忘れられない哀愁のただようエンニオ・モリコーネのメロディー。
セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演のマカロニウェスタン。
3時間を超える長尺の映画。
セリフが極端に少なく、主人公のイーストウッドが劇中でしゃべる時間はまとめて3分もないのでは。
独特のペースで映像が続く。飽きるわけではないけれど、セリフのないシーンが何分も続く、レオーネワールド。
映像を離れて、チラと周りを見る。
あれれ… なんとも気だるそうにスクリーンを見ている女性。僕より少し齢は上だろうか。
すらっとした鼻立ちでおもわずハっとする美人なのだが、一人で少し離れた僕と同じ列の席に座っている。
平日、朝の十時から一人で映画館でウェスタンを見るマダム… 夜の仕事を終え、疲れてふらりとここに入ったのだろうか。だれかと待ち合わせ? なんて想像してしまう。
僕に気が付いたか、マダムは顔を向けて、一瞬にっこりと笑った。
ドッキリだ。
おかげで画面に集中出来なくなってしまったじゃあないか。
銀幕の中での話しはすすんで、物語はクライマックスへ。
いつの間にかマダムではなく、再びスクリーンに見入ってしまっている僕。
大金を巡って、ブロンディ(いい人)、エンジェル・アイ(悪い人)、そしてトゥーコ(汚い人)の3人によるラスト、銃の早抜きの決闘。
映画史に残る名シーンだ。
セリフのない、息詰まる数分間。自分の右と左とに敵がいる。
円弧の上にたつ3人。誰が誰を狙うのか、まったくわからない。
分かっているのは、生き残って金を得るのはただ1人だけ。
『バーン!!!』
(バサッと倒れる音)
勝ったのは…
決着がつき、とどめの弾をさらに打ち込む。。。 『バーン、バーン、バーン !』
その時、
『キャッ』
と思わず声を上げたのは2列ほど前の若い女性。
隣の背の高い男に思わずよりかかる。
うーん、後ろからだと、どう見てもじいさんにしか見えない。
上映が終わって、気になって見返すと、親子ほどの年の差がある二人。
女性は腕を相手に巻きつけて一緒に階段を下りて行った。
どんな関係なんだろう、と思った。
(あ、しまった…)
マ、マダムは?
気が付いて同じ列のシートにいたあのマダムはもう姿を消していました。
これは、しくじったなぁ。
なんだか、少し残念、ポッカリと穴があいた気持ちで映画館を出た。
もう1本。
パニック映画の原点。
『ポセイドンアドベンチャー』
津波で転覆した豪華客船の船内を脱出する手に汗にぎるシーンが続くスペクタクルムービー。
上映前、予告が始まってからそそくさと暗闇の中で僕の席の隣に陣取った3人組。
2人の男性+1人の女性。
おや、女性が真ん中かと思いきや、僕の隣に。
チラ見すると、なかなかかわいらしい女性で、一見知的なリケジョのタイプ。
その向こうの男性たちは… なんだなんだ?
席の間にポテトを置いて仲良くシェアして食べているのだが、どうも…
その、何となく怪しい雰囲気なのだ。
つまり、その… 言いにくいのだけれども、そんな関係っぽい。
あまりにも仲良しすぎるよ… どんな間柄なのだろう??
映画が終わってライトが館内に戻ると、隣のリケジョは一人ですっと席を立ち、さっさと出て行ってしまった。
お互い顔をあわせてニコニコしながら映画の感想をしゃべっている隣の男性たちを見もせずに。
(何だ、3人一緒の仲間じゃなかったんだな)
思わずリケジョの後に急いで席を立とうとした僕はふと男組の2人と目があってしまった。
彼らの会話が途切れ、4つの目が僕のほうを射る。
その間にリケジョはもう姿を消してしまっていた。
なんだか気まずく感じて横をすりぬけてそそくさとで出口へ歩く。
平日の朝、十時。
新作でもない映画を見に来る人は映画好きには違いない。
でも、家族、友人、恋人同士… 誰かと週末に見に行く、新作の映画とは全く違う観客の人たちだ。
一人で見る『午前十時の映画祭』の映画館。
映画も面白いが、想像力をかきたてる人たちにも時々出会えて、別の意味でも面白い。
今年も見にいこうか…なア。
【残念ですが、『午前十時の映画祭』は2019年の10回目をもって終了のようです → 公式サイトはこちら】