ある日、それは突然に。

バタ… ドンッ!

「おい、どうした?」

『あ… い、意識がないんじゃ…』

「…」

『口から泡だしてない??

「呼吸してるんか、ほんとにこれ??」

『み、脈が…ない。ヤバいヤバい、これは救急車呼ばないといけないんじゃ…』

「息もしてない。おい、やるぞ、こりゃやらなきゃマズいって。心マしないと!」

『オレがやるから、足を押さえてて… はやく、はやく! 救急、電話はした???』

突然の心筋梗塞による心室細動の発症

1010

意識を失って倒れる(直前の記憶は今もない)。

その時、周りには幸いにも9人の同僚がいました。

会議が始まり、自分が話をしている最中に…意識を無くしたのです。

とっさに脈や呼吸の有無を確認し、心臓マッサージと人工呼吸を始めた同僚たち2人。彼らにとっては、もちろん人生初めての経験だったようです。

1013

別の同僚から救急へ電話。

必死の心臓マッサージは続けられていました。

1016

AEDを持った救急隊員が部屋に入ってきました。

意識を失って6分後。

この時実は救急車は到着していませんした。

到着した彼らはどこから来たのでしょうか?

会議を実施したのは名古屋駅近くのビルの中の貸会議室。全国から集まっての会議という事で駅に近い便利なこの場所が選ばれたのですが、実はこのビルの道路向かいには消防署の分室があったのです。

彼らは救急連絡を受け、AEDを持って道向かいのビルに走って駆けあがってきたのでした。

すぐにAEDが取り付けられました。

救急記録によると、AEDにより2回のショックが実施されたようですが、心拍数はゼロのまま、無呼吸状態のまま。

1023現場に救急車が到着。

1025、救急車に搭乗していた救急隊員が接触。

1039、搬送された救急車内で3度目のAEDショック。

1041、救急車が出発。

1045、病院到着。すぐにICUへ搬入される…

意識は依然戻らない。後で知ったのですがこの時かすかに心拍を認めたと記録にありますが、救急車で付き添った1人の同僚はもちろんそのことを知る由もなく、もうダメだ、と覚悟していたようです。

AEDが作動する…そう、それは『心室細動』が発症した証拠であり、心室が脈を打つ代わりに、ブルブルと小刻みに震えるだけで血液が全身に送られない状態になっているという事でした。

患者が『心室細動』を起こした原因は『心筋梗塞』。

心臓に血液を送る冠動脈の1つが完全に詰まってしまったのが引き金になったのです。

そして心肺停止で搬送されたのは、実はかくいう私自身でした。

『心室細動』をとめるのはAEDしかない。

日本では年間約10万人の突然死があり、うち6万人が心臓に起因するという統計があります。

つまり1日160人その大半が心室細動が原因です。

そして、この心室細動への処置はたったひとつ… 異常な心臓の電気信号経路を遮断して、正常な電気信号経路に戻す、つまり『電気的除細動』を行うしかないのです。そして、それを行う装置がAEDです。

ずいぶん昔、山のクラブで受けた日本赤十字での救急講習会で覚えた、昔から医学界で知られている『カーラーの救急曲線』によると、心室細動を発症すると『心臓停止後約3分で死亡率は50%』。

また、心室細動を起こすと、まず脳への血流が途絶え数秒で意識を失います。

人間の体でもっとも血流障害に弱い臓器は脳。

血流がとだえてしまうとわずか30秒もすると影響が起こり始め、数分もたつと脳細胞が死んでしまいます。

このためAEDによる電気的除細動を始めるまでの間、出来るだけはやく心臓マッサージや人工呼吸などの心配蘇生術を行わなければいけません。

そして、除細動が1分遅れるごとに、7~10%ずつ生存率が低下していきます。

この恐ろしい事実、もちろん自分が心室細動を発症して倒れ、そして生還するまでは全く知りませんでした。

恥ずかしながら、AEDとは何かという事も、うすぼんやりとしか知らず、自分が勤める会社にも設置されていない状況だったのです。

1分1秒を争う心臓マッサージとAEDによる処置

ICUでの懸命の処置ののち、5日後。

意識を取り戻した私は、なぜ病院のベッドの上にいるのか分かりませんでした。

自分の身に起こった出来事を聞くに、とても信じられませんでした。

ー倒れたのが、会議中で周りには自分をよく知る同僚が大勢いた事。

ー彼らが躊躇せず、速やかに心臓マッサージと人工呼吸を行ってくれた事。

ーすぐそばに消防署があり、数分でAEDを持った消防隊員が駆けつけてくれた事。

ー駅近くで、大きな病院もあり、救急車で運ばれてすぐにICUで処置が受けられた事。

実は、こんな場所で会議を行う事がまず初めてでした。普段行われる会議は都会から遠く離れた場所にある工場での開催がほとんどだったのです。

そして、何よりも同僚たちの迅速な処置には、感謝し切れません。

AED到着までの処置のおかげで、命はもちろんのこと、脳にも障害は何も残っていません。

不思議な事に、この日の朝からの記憶だけが今でもぬけています。朝、起きて会議の場所まで車を運転し、会議中発言もしていたのに… いっさい覚えていません。

ぞの前日までの記憶もうすぼんやりとしていましたが、その後、見舞いに来てくれた友人たちと話をしているうちに、自分が倒れる2日前まで数日間、北アルプスを縦走していた事も思い出しました。

『記憶がなくなる時は、新しい記憶から消えていく』

まことしやかに言われることもあるそうです。事の真贋は分かりませんが、この悪夢のような日の記憶だけが不思議とポッカリとないだけで、あとは事なきを得たのでした。

恐ろしい『心室細動』。幸運が重なって今、まだ生きてこうしてこの記事も書けています。

登山中だったら、どうしていたか。

さて、これが2日前、北アルプスの中で自分の身に起こっていたらどうなったでしょうか。

間違いなく近くにAEDなどはなく、同行していた山のパートナーが心臓マッサージをすぐにしてくれていても、無事でいられたかどうか。たとえ生き延びていたとしても、脳の障害が残っていた可能性は大きかったのではないか、と考えています。

山の中にもAEDが設置される小屋が増えては来ています。が、縦走路の途中にあるわけではありません。

最近では、身体も回復して徐々に旅行や日帰り登山にも出かけ始めました。

この夏に出かけたオーストラリア、ノーザンテリトリー州にあるワタルカ国立公園のキングスキャニオン渓谷のウォーキングトラック。荒野の中の壮大な渓谷が見どころで、谷を一周するトラックがあります。

有名なエアーズロックから車で350Km、4時間かけた辺境の国立公園です。

登山を始めて1時間、急な登りを終えてリッジ(稜線)に立って目に入ってきたものにビックリです。

なんと、こんな場所にあったのは…AED!

建物もなにもない、こんな場所に!? 緊急電話とAEDが!

この後、4時間かけてトレイルを全て歩きましたが、3か所にこのようなAEDが設置されていました。

驚きますが、このキングスキャニオン、国立公園の中にありそこにはホテルなどもありません。最も近くにあるキングスキャニオンリゾートまでも砂漠の中の道を30分走らなければいけない。

病院のある町、アリス・スプリングスまでは400km以上も離れています。

人口がまばらなオーストラリアには飛行機を駆使して患者の場所へ駆けつける『フライングドクター』や『ネット診察』が浸透しています。

ひるがえって、日本の山の中、特に登山中にはたとえ人でにぎわう北アルプスであっても心室細動による突然死から人を救うのは極めて難しい状況があると感じます。

(キングスキャニオン 2019.8.7)

山専門のAEDシステムが欲しい。

登山は単なるスポーツ行為ではなく、『山岳』という環境に身を置く、という点が特別です。

ボクのような心室細動による心肺停止の体験をしてしまった方は、回復しても登山のような趣味を続けるかどうか、思い悩むでしょう。

そして、考えます。

『次に倒れた時、周りに誰もいない山だったら?』

もう単独行は怖くて出来ません。体は回復しましたが、以前のような何日もアルプスに入る勇気がなかなか出てこない。

最近では山小屋にAEDが設置されるケースも増えては来ていますが、心室細動が山小屋で起こるとは限りません。

やっぱり… 怖いんですよ。

だから、小屋にいるよりもむしろ歩いている時間のほうが長い縦走では、唯一考えられる対策は

『AEDを担いで山に登る、(パーティで1つはAEDを携行する)』

事だけです。

富士山ではAEDを持って歩くガイドがすでにあると聞きます。

AED1台の価格は約20-30万円。最近は軽量になり、もっとも軽いものでは1.1Kg。近年の登山道具はテントや調理具などもかなりコンパクトになるのと同時に軽量化が進んでいます。

ですから、AEDを山へ持参しようと考えても現実的に出来るようになってきています(まだまだ個人が買うには手が届きにくい価格ですが)。

が、山岳地帯という極めて特殊な環境では、救助が来るまでひたすらAED処置を施しているだけで本当によいのか、また患者のそばにいる同行者への山岳地特有の危険をどう考えるのかも課題だと思います。

たとえばこんなシチュエーションであったら…

”小屋を出てもう2時間。前後には他のパーティはいない、僕たち2人だけ。そして、パートナーが心室細動になった瞬間、意識を失って足を滑らして崖の下へ。助けに行ってAEDを取り出して、処置を施す。が、そこは足場を一歩間違えればはるか下の谷に落ちてしまうような危険極まりない岩のテラスだった… 。遠くではゴロゴロと雷が鳴り始め、雨があたりだした…”

そこで、山岳用AEDとしてカスタマイズ仕様が作れないものか。

起動すると同時に山岳救急隊へデータが生送信され、GPSで位置を知らせるなど、医療機器のテクノロジーに通信・データネットワークがリンクするような機能があるAEDが開発され、登山者が手に届くような価格になればうれしい。

そして、登山保険や『ココヘリ』(遭難すると自動的にヘリやドローンで場所を探索始めるシステム)などと組み合わせて製品化されれば広く根付くのでは?

どうしても、開発に時間がかかるのであれば、登山口でアイゼンをレンタルするような感覚で、AEDを借りて山に登り、下山したら返却するサービスなど、多方面で考える時だと感じます。

山岳遭難は25年間で3倍以上に増え、死亡者は330人にも (2018年度警察庁による)。うち20パーセントが突然死、つまり年間60人ほど。日本全体の年間突然死6万人のうち、0.1パーセント。たかが0.1パーセントではなく、1年で60もの命を救う事が出来るのであれば…

同僚や治療・手術をしていただいた病院の方々に、多くの人に救っていただいた自分… 今度山に戻る時には、重くてもAEDを背負って、自分ばかりではなく万一の時、山で誰かの役に立てるようにありたい、と思うのでした。

(環境にも配慮したポールの色使いがされているAED。前述のキングスキャニオン国立公園にて。いろいろなところで国(行政)が何を重要に考えているのかがよく分かります)