お墓をデザインする、といってもピンとこないかもしれないですね。
最近はお墓自体を建てずにお寺に合葬する人も多いので、『墓参りに行く』という言葉自体が廃れつつある気がします。
本当の話ですが、
『お墓に行く』=『お父さんもしくはお母さんの田舎に帰る』
つまり、”お墓というものは都会にはない” と思っている子供もいました。
最近は都会でもマンション式でビル内に仏壇がずらりと並んでいるお墓もあり、狭いこの国独特のタイプです。
(この話を同僚のドイツ人に話したらとても驚いていました)
お墓、どうする?
数年前、父が亡くなった時、どこに永眠の地を定めるのか悩みました。
父は末っ子でしたので、実家から出ていました。
その実家は地方の田舎で、代々の祖先からの大きな墓石の墓がのこっていました。
一方、父は母と結婚してから家を母の実家のとなりに建てました。
いわゆる「マスオさん」の立場。
母の家系の墓はその家の近くにあります。
その後、長年住んだその家を売り払い、私たち息子夫婦と一緒に新しい家を建てました。
ですから、いずれの墓も今住んでいる場所からは遠い。
そこで、残った母の希望で近くに墓を探したのです。
幸い、開放的で新しく申し込みの始まった市営墓苑に一区画を購入出来ました。
写真のような墓石が並ぶ墓苑です。
いわゆるお寺の隣にある墓地とは全くイメージが異なり、公園のように開放的です。
と、ここまでは順調でした。
申し込みが終わり、墓苑事務所に契約におもむくと、相手の事務所の方から真っ先に出たひとこと…
『お墓のデザインはどうされますか?』
墓石をデザイン
「デ、デザイン??」
ええ、デザインするんです。
とは言っても写真のように土台が決まっているので、正しくは、「墓石」のデザインということになります。
ほとんどが四角のプレートを土台に貼り付けます。
よく、海外の映画で見る、あのタイプです。
『石はどうされますか? ご自分で準備されます?』
い、いや、石を自分でって言われても…
墓石屋さんを調べてお願いするのも面倒。
かといってお寺ではないので、つながりのある業者が直ぐに出てくることも無し。
そこで、事務所で紹介されたのは、ある1人の男性。
名刺をみると、委託された「墓石担当」の人。
『墓苑事務所に勤めているのではないんで、連絡はこちらに…』
ん? 業者さんではない?
のちに知ったのですが、この方は大手の墓石を扱っている石材店をリタイアされた後、この墓苑から委託業務として墓石の製作を仲介していました。
墓苑は営利目的の墓石の販売が直接できないため、何社かの指定業者を指名して紹介をするのが普通。
高温多湿な日本では、耐久性や耐候性に優れたみかげ石が墓石として主流。
(海外では彫り込みが細かく出来て加工しやすい大理石などが用いられる事も多い)
みかげ石は、今ではほとんどが海外からの輸入品。
加工コストも安く、なんと彫り込み作業も現地で行なってから日本に輸入される。
大手石材店を退職された方が、それまで培った中国の加工業者とのパイプを活用して、公共の墓苑などでの墓石製作の仲介をしているのでした。
納骨日に間に合うのか? 冷や汗の納期
墓苑が決まってからのスケジュール。
実は3カ月先に予定されていたのが三回忌。
同じタイミングで新しい墓に納骨しようと話しがすでにまとまっていました。
実は墓苑に申し込んでから正式に決まったのがかなり遅かった。
応募多数のため抽選となり、あきらめていたタイミングで繰り上げ当選の通知が舞い込んできた。
この時点でもう2ヶ月半を切っていました。
墓石のデザインを急がねばいけません。
が、これが大変でした。何せ、ひな形があるわけではありません。
残された家族間の意見調整も時間がかかる上、故人への思い入れも様々。
「好きに決めていいんだよ」
そう、母に言ったものの、返事は
「お墓のデザインなんてやったことないから分からない」
… 確かに。
従来の日本でよく見た墓石文言は、
『先祖代々の墓』『◯◯家の墓』
さすがに今回のようなタイプの墓には全くわない文言です。
すったもんだの結果、母が想いを込めた一文字を大きく彫り込み、まわりには亡き父が趣味の写真撮影でよく対象にしていた桜をいれることでまとまりました。
ここに至るのに実に1ヶ月かかりました。
急ぎデザイン案を連絡、返ってきた返事を見て困りました。
『桜の花の花びら、位置、どうしますか?』『字体はどうされますか?大きさは? バランスは?』
えええええ、そこまで決めるのか!
打ち合わせに赴き、修正案をだしてもらった後、確認、ようやく” GO ” !
『納期ギリギリですが… がんばりますっ!』
「たのみますよっ(汗)。手配、お願いしますっ!」
大事にしたいもの。
もう1ヶ月を切ってる…
聞くとやはり墓石は中国から飛んでくる。
今回は時間的にギリギリなので、加工出来る部分は日本で、となったという。
あまりに細かい彫り込みだと中国では出来ず日本の加工業者で行う。
こだわりも大切ですが、まず気持ちがこもってのデザインが出来ればいいのでは。
墓石が到着したのは、三回忌の2週間前。
ハンドキャリーで加工業者に持ち込み、墓苑にようやく届いたのは3日前でした。
『中国が春節の時期、3月ごろだとこうはいかないのですよ。何せ、デザイナーから彫り師さんまでみんな長期休暇に入ってしまう上、物流も止まってしまうのでね』
そんな裏事情まで話をしてくれました。
まさか、こんなところで国際化された今を感じる事になるとは。
そして当日。
冬風が強く寒い夕方。
傾いた陽に照らされた、初めて見る家族全員の想いがこもった墓石。
ようやく喪主の荷が下りてホッとした瞬間でした。
母の選んだその文字が目に飛びこんだ瞬間、それまでのいきさつが頭をめぐり思わず涙ぐんでしまいました。
父の墓石に刻んだのはこの文字でした。