山の花の記憶 ②チングルマ

誰もがすぐ頭に浮かべるアルプスの花といえば…

夏の北アルプス。残雪も眩しい岩山と抜けるような青空をバックに咲く可憐な高山植物のお花畑…。

タイトルの写真は北アルプス秩父平付近。穂高の峰々をバックに咲くお花畑。その主役は可愛らしい白い色をした花びらの小さな花。

それはまさに誰もが思い浮かべる「アルプスの花」のイメージそのもの。

(北アルプス 抜戸山稜線。2018.7.14)

雲上の残雪の峰々を背景に、アルプスの岩場に咲く花は実に可憐で美しい。

言わずと知れたこの花の名前は『チングルマ』。和名は『稚児車』。別名イワグルマとも呼ぶ。

可愛らしく、実に親しみやすい名前の花で、一番初めに憶えた高山植物の名前がこの花だという人も多いと思う。

同じような名前が多く、とかく分かりにくい高山植物の名前の中で、チングルマだけは見間違える事もまずなく、名前もすぐに出てくる、ユニークな存在だ。

花の咲いた後には羽毛のようにふわふわとした雄しべが伸びて写真のように広がる。この上に出来る果実の形が昔の子供の玩具の風車に似ていることから「稚児車」が転じてチングルマになったというのはよく知られた名前の由来。

(北アルプス 乗鞍岳 畳平。8月になると早くもこの姿に。2015.8.9)

ところが本当は「稚児車」という玩具はなく、実をつけた様子がオキナグサ(越中の方言でチゴノマイ)に似ていることから名づけられたというのが本当の由来らしい。

このあたりの話は『植物和名の語源研究』(深津正 著 八刊坂書房 2000年刊)に書いてあるので興味ある方は読んでみてはいかがだろう。

見事な群落。撮影の被写体として申し分なし。

うれしいのは、この花には極端な「当たり年」と「裏年」がない事。花の時期にアルプスに登ればまず間違いなく見る事は出来るし、群落をつくるので比較的まとまって鑑賞出来る。

比較的湿気のある場所を好み、日当たりが良い場所であれば岩場でも咲くのが、別名であるイワグルマの由来。

雪解けとともに咲きだして大きな群落となるので山での格好の被写体だ。

(北アルプス 西鎌尾根。2018.7.14)

昔、初めて夏の北アルプスに登った時。カメラをこの花に向けていたら、偶然歩いてきた登山者の方に言われた言葉がある。

『山の花の写真を撮るなら、上からはダメだよ。背景に空や山を入れないと。高山植物なんだから、どこに咲いているかが分かるとね。下界の花とは、違うんだよ。』

ハッと気が付いた。

上から見ると一見この花はウメの花にそっくり。花だけを見ていれば確かに綺麗ではあるけれど、上からただ眺めているだけでは、下界に普通に咲いている他の花と何も変わらない。

可憐な花が厳しい高山環境に咲いているからこその出会いの感激だ。それはこの花がどこに咲いているかが分からないと伝わらない。

ほんのちょっとした事だけれども、腰をかがめて花と目線を同じにする。そして自分がその花になったように周りを見てみる。風を感じてみる。厳しい高山環境とはいっても湿地や砂礫地、風衝地など様々な場所がある。その花がそこに生きている背景に思いをはせてみるには目の高さで眺めるのが一番。 

(北アルプス 祖父岳山頂付近。背景は水晶岳。2018.7.21)

 

雪田のそばに群生するチングルマ。日差しが大好きなこの花は、白い5枚の花びらを思いっきりおおきく広げて太陽の陽を浴びる。

しかも群落が大きいので、あちらこちら探し歩く必要もほとんどないのがうれしい。サービス精神満点の花だから、山での撮影の格好の被写体として人気があるのも無理はない。

(北アルプス 太郎平にて薬師岳をバックに咲くチングルマ群落。2018.7.22)

チングルマは花ではなくて…木?

ところで、チングルマはどうしてこれだけの大きな群落を作ることが出来るのだろうか?

実はチングルマはバラ科。植物学的には、茎が木質化して幾年も生育する「木本類」、つまり落葉低木

茎を折って顕微鏡で見るとなんと樹齢が分かる「年輪」まで確認出来るそうで(もちろんやってはいけない!)、十数年の生存が確認されている。

高山植物の代表格であるこの花が、実は草本ではないのは本当に驚くほかないが、だからこそ、大きな群落を作る理由に納得してしまう。矮生で根茎がどんどん横に伸びていき、大きな群落が出来るわけだ。

チングルマの群落はどこも見事。その中でも特に有名な場所は… 

●表大雪・裾合平

 おそらく日本一の群落ではないだろうか。

●秋田駒ケ岳

●北アルプス白馬大池、立山周辺

立山・室堂周辺ではごくまれに薄い桃色がかった花を見る事があり、『タテヤマチングルマ』と呼ばれている。天候が良い日が続く散り際にだけ見る事が出来るそうだ。一度見てみたいが、まだその機会には出会ていない。

【チングルマ】

バラ科ダイコンソウ属

和名「稚児車」

北海道と中部地方以北の高山帯に咲き、夏の高山植物群落の代表格。カムチャッカ半島にも咲く。花期6-8月。夏の花も素敵だが、秋の草紅葉の主役でもありこちらも素晴らしい。

田中澄江『花の百名山』57 黒部五郎岳

    『新・花の百名山』64 鹿島槍ヶ岳

花言葉「可憐」