山の花の記憶⑥ フクジュソウ  (藤原岳・霊仙山)

登山シーズンが開幕すると真っ先に花咲くフクジュソウ群生地

冬国に真っ先に春を告げる花、フクジュソウ(福寿草)。花咲く期間は2週間ほど。他の花と比べて早くから花を咲かせる短期決戦型の典型的スプリングエフェメラル

今では年の瀬から新年にかけて街中でもポピュラーになった。

かたや、野生の自生地は年々減少、貴重になってきており、場所によっては絶滅危惧種に指定されるほどになってしまった。

ホームグラウンドである三重・滋賀・岐阜の3県にまたがる鈴鹿山地でもそのフクジュソウの花で全国的に有名なのが藤原岳。石灰岩を好むフクジュソウが山上のカルスト台地に咲き乱れる。(ヒルコバのフクジュソウ群落 2021.3.27)

ポピュラーな孫太尾根や大貝道ルートにはセツブンソウやコセリバオウレン、ミスミソウなどが雪解けを待って真っ先に咲きだす。フクジュソウも少し遅れてこれらの花よりも高い標高の山頂台地付近で開花する。すっかり全国区の山になってしまい人気はうなぎのぼり。そのおかげで残念ながら年々踏みしだかれて主な登山道の側では数が少なくなったような気がする。

ところが鈴鹿北部には藤原岳の他にも鍋尻山、霊仙山など鈴鹿北部の山には分け入ると、人を寄せ付けない山奥の秘地に咲くフクジュソウの楽園がまだまだある。地図を読み、藪を分けてたどりつくその群落、黄色い花をパラボラアンテナのように開いて足元いっぱいに咲き乱れて出迎えてくれる。

今回はその中の群生地の一つを訪れた。時期もよく尾根上には足の踏み場もないほどのフクジュソウが出迎えてくれた。

以前は、日本に自生している福寿草は1種と考えられていたそうだが、現在はキタミ、ミチノク、シコクと、普通のフクジュソウの4種類が知られている。それぞれの違いは生育地や、咢片の大きさ等などだが、ぱっと見るだけでは区別も難しい。この秘密の花園に咲くのはどれなのだろう。

”蜜がない”フクジュソウの花が『パラボラアンテナ』を開くわけは?

日が昇るにつれてその花びらを徐々に開いていくフクジュソウの花。キンと肌を刺すような冬の静かな大気の中で快晴の青空の下、雪の中から大きな花を精一杯に広げている姿は、誰が名付けたのか、まさに『パラボラアンテナ』

元気印いっぱいのフクジュソウだが、花の中をのぞいてよく観察していると面白い発見がある。

雄しべも雌しべも随分と小さい。そして、『蜜が出ない』。(藤原岳山頂台地にて 2010.4.6)

たしかに蜜を作ることは実は植物にとってはかなりのエネルギーを消費する大仕事。そのエネルギーをセーブして生存する他の機能に使うのは合理的。

でも子孫を残すためにはやはり受粉をして次世代の種子をつくる必要がある。では蜜が出ないのに、フクジュソウはどうして大きく花を開くのだろう?

せっかく他の花たちに先駆けて早春に時差出勤して花をさかせるのに、虫たちが来てくれなければ受粉が出来ず、子孫を残せない… 

でもフクジュソウはたくましい。

(鈴鹿・霊仙山の石灰岩の尾根上にひろがるフクジュソウ群落  2021.3.14)

時差出勤の虫たちのあったかいオフトン。店を閉めるのも早い!

ハエ、アブなどの小さな虫たちは、チョウやガなどのより大きな昆虫たちよりも一足早く早春に活動を始める。確かに、フクジュソウの花に虫がたかっているのを見たことはないのに、冬の季節風の中でも小さな羽で素早く飛べるハエやアブだけがときどき花の上を這いまわっているのを見かける。

フクジュソウは花を大きく広げているのは実はまさに太陽の光を最大限に受けるため。日が昇りだすと閉じていた花はすぐに開き始める。花びらがピッカピカなビタミンカラーなのも光を反射させ、花の中を温かくするためだ。

何故?

朝早く(早春に)ねぼけまなこで目覚めたハエやアブたち。まだまだ寒い冬の気配が残る空気の中で彼らはフクジュソウの花を見つけけてとまる。虫たちはあたたかなフクジュソウの布団(花)の中に潜り込み、しばし起き上がるのをためらってぬくぬくとし、花粉をいただくという寸法だ。

そう、フクジュソウは時差出勤した虫たちのための早朝営業の朝食付きホテルなのだ。ゲストのハエやアブたちは知らずにその布団の中でごそごそと体を動かすことで、うまく花粉を受精してくれる助けをしてくれるという仕掛けなのだ。

石灰岩を好むのはこれで理由がつく。

水を保持する力が弱い石灰岩地には高い木が育ちにくい。芽吹き前の早春には太陽の光を目いっぱい浴びることが出来る。

ただ、繁忙期には競争を避けてオープンしない季節営業な上に、営業日であってもお客がこないとすぐに店を閉めてしまうホテル。フクジュソウの花に注ぐ太陽の光を帽子などで花を囲ってさえぎってみると、ものの数分で花がしぼんでくるのがわかる。

ツンデレ、でも思いっきり派手で美人。だから惹かれてしまう。

罪な花だねぇ…。

【鈴鹿山脈 / 藤原岳】

(フクジュソウ咲く藤原岳山頂台地。最高点の天狗岩を見る。好天を選べば子連れでも楽しめるが、ぬかるみには注意。 2010.4.6)

標高1,144.8m。

【フクジュソウ】

キンポウゲ科 フクジュソウ属

和名「福寿草」

日本固有種。ひろく北海道から九州に分布する多年草。石灰岩を好む。

田中澄江『花の百名山』1 高尾山(東京都)

花言葉「(永遠の)幸福」「祝福」

英文名  Amur Adnis (アムールのアドニス

欧州に咲くフクジュソウ属には赤い花を咲かせるものがあり、名前はギリシャ神話に出てくる、アフロディテ(ローマ神話ではヴィーナス)が愛し、狩りでイノシシに突かれて死んだ悲劇の美少年アドニスに由来している。アムールは極東を意味するのだろう。花言葉も「悲しい思い出」。日本とは真逆で面白い。

(ティツィアーノが描いた『ヴィーナスとアドニス』(メトロポリタン美術館蔵)『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』国立新美術館 2022.2.12)