コロナにかかって頼ったのは…まほろばの水・三輪山 狭井神社の薬井戸

まさかのオミクロン株に? 新型コロナにかかってしまった家族。

『なんだか、熱っぽいの…』

朝なかなか起きてこない妻を寝室に見に行くと布団の上でこちらを見ながらつぶやいたひとこと… え、熱? 

昨日夜に帰宅するまで妻は1週間ほど東京方面にいて、とあるワークショップに参加していた。昨夜、帰ってくるなり突然、『しばらく家庭内別居ね』と言っていきなり寝室に入りバタンとドアをしめてしまった。

頭の中には沢山の「?」。

しばらくするとLINEでメッセージが送られてきた。『疲れてなんだか喉も痛いし、万一のことがあるから別々の部屋でしばらく寝る』と…。

(ん、万一って、まさか?)

そう、その万一とは『新型コロナ』しかない。まぁ、移動の疲れもあるだろうし… いくら感染拡大しているといってもそうそうかかるものじゃない。そうたかをくくっていたのだが。

でも一晩休んで起きたら微熱があり、喉の痛みもあるようだ。ドアの裏側から聞こえてくるのは辛そうな空咳。

微熱に喉が痛いなんて、報道されている新しいオミクロン株の典型的症状じゃないか。

頼ったのは名高いまほろばの御神水。

普通の風邪なら医者で薬をもらって安静にしていればよい。でも、この時期、喉が痛く微熱があるなら新型コロナの確率は高い。TVでは連日感染者が7万人、8万人と今までとは桁違いに増えていて、保健所へ連絡しても自宅で療養指示が出るだけで、よほど症状が重くならないと病院も紹介されないまでになっている。

この数年で自分は心筋梗塞、妻は舌癌を経験しただけに、健康の大切さはイヤというほど知っている。だからこそ自分の免疫力を高めて生まれながらの『生命の力』を信じることこそ、本当にウィルスと共存出来るのではないかと思っている。

そんなわけで新型コロナのワクチンも含めて人工合成された添加物なども避けて極力、自分の身体の中に人の作ったものを入れることなく、自分の身体を構成している細胞の一つ一つを常日頃から意識して過ごしてきた。

(信じる力が生命の力になる。ん? そうだ…)

ハッと思い出して冷蔵庫を開いて取り出したのは「水」。ペットボトルに入ったこの水はここでもう3年も保管されていたはず。その水こそ、日本最古の神社から汲んできた「御神水」だった。

この水は3年前に奈良県に行った際にある神社に湧く「御神水」をいただいたものだ。

持ち合わせる容器もなかったので、社務所で購入したペットボトルに密封されたものを購入したのだが、何かの時にとそのままになっていた。

これを取り出して、火で沸かしてボトルに入れておき、食事と一緒に寝室の妻へ差し入れた。とりあえずは気休めにはなりそうだ。

『じゃ、奈良まで行ってくるよ』

何の偶然か、この翌日、僕は休みを取って奈良に行く予定をずいぶんと前に立てていたのだ。しかも、この御神水に極めて近い場所へ。

三輪山をめぐる日本最古の道、日本最古の神社

これは偶然だろうか?

妻が東京で参加したワークショップ参加者の数名が同じく熱を出し、コロナ陽性となったのを知ったのはこの後だった。

それを知らず奈良に向かったのだが、移動は車、単独で人ごみを避けての行動。妻とも結局家の中で別居生活のまま過ごしている。あやうく濃厚接触者になるところだった。

妻がコロナにかかったのと(この時はまだ疑いだけだったのだが)、御神水の近くへ出かけるタイミングが合ったのは、偶然だろうか。なんだか見えない糸のようなもので引き寄せられている気がして、予定を一部変えてやはり御神水に立ち寄ることにした。

目指したのは、『山辺の道』(やまのべのみち)。日本最古の道で何と4世紀、古墳時代初期からある桜井市から天理市へとつながる歴史の道。当時このあたりはヤマト政権の中心地だったと考えられている。今の奈良盆地は当時まだ湿地が多く、人々は住みやすい山の麓近くを好んで住居を構えていたのだ。

古事記・日本書紀に書かれ、その存在がはっきりとわかっている最古の天皇、崇神天皇(すじんでんのう)が葬られた御陵(行燈山古墳)もこの道沿いにある。

崇神天皇の治世には疫病が流行り、民の半数が死ぬほどであった。この時、天皇の枕元にたったのが『大物主神』(オオモノヌシノミコト)。

『我の子孫である大田田年子(おおたたねこ)を探して祭主として、余を祀れ。酒を奉納せよ。さすれば民は安らかならんぞ』

このお告げの通りに崇神天皇は大田田根子を探し出し、三輪山に大物主神を祀った。また、高橋活日命(タカハシイクヒノミコト)を呼び神酒を造らせて奉納すると、疫病はたちまちおさまり世の中は平穏を取り戻したのだという。

三輪山はその大物主神が祀られた山で、麓の山辺の道にある『大神神社』(おおみわじんじゃ)は三輪山そのものを御神体としている。そう、本来神様の御神体としてある鏡や刀をおさめた本殿がなく、拝殿しかない。

この大神神社、日本最古の神社といわれている。何しろ、第十代崇神天皇の前は『欠史八代』として実在しなかった可能性が大きいとされている。その上、初代神武天皇の実在性の議論もある中で、間違いなく歴史上存在したことが確かめられている最初の天皇として崇神天皇は存在する。

その天皇が都を置いていたのが三輪山の麓で、名前を瑞籬宮(みずかきのみや)と呼ぶ。実に紀元3世紀末というから古墳時代初期、いわゆる倭の国が始まった時から大神神社は存在していることになる。

余談だが、大神神社神主十五世の孫が飢餓に苦しむ民を救うために始めたのが有名な三輪素麺。つまり三輪大神は素麺の神でもある。(三輪素麺をいただく 千住亭 2018.1.20)

また、神酒発祥の地として杜氏の崇拝もあつめていて、末社には高橋活日命を祀った『活日神社』もある。

目指す御神水はこの三輪山から湧き出ていて、大神神社の摂社である『狭井神社』(さいじんじゃ)にある井戸から取られてきた。古来より万病に効き、薬や医療関係者からも崇められて久しい。

大鳥居からまずは大神神社へ

国道169号沿いにある巨大な鳥居。熊野本宮大社の鳥居に次ぐ、日本で2番目に大きなこの鳥居(2022.1月現在)はJFEエンジニアリング製。耐用年数はなんと1300年、マグニチュード10の地震にも耐えるとか。

この大鳥居の向こうに見える山が御神体である三輪山。標高は467メートル。神聖な山域で長らく山頂は禁足地であったが、今では届けを出せば歩いて30分ほどで山頂まで行けるようになった。

(2018.1.20山頂参拝時のマップ。社務所に300円を納め、連絡先を届けて登る)

まずは大神神社へ参拝しよう。

参道の鳥居からしばらくで拝殿に着く。本来は奥宮が山の頂にありそうなものだが、この山の神聖さは古来より別格。長らく禁足地で山頂の聖なる磐座(いわくら)に立ち入る事は禁じられていた。

この拝殿奥に実は『三ツ鳥居』と呼ぶ場所があり、そこから三輪山を参るのが由緒正しい参り方なのだが、今はコロナ蔓延のため当面は昇殿そのものが出来ない。

それでも平日にもかかわらず多くの人が参拝しているようだ。コロナ禍であっても人の姿は絶えないのは三輪山信仰の庶民への広がりゆえだろう。

御神水の出る狭井神社の『薬井戸』

実は御神水のあるのはこの大神神社ではない。拝殿の左手へ進むと案内が出ている。目指すのは、摂社の一つである狭井神社(さいじんじゃ)だ。

ここからの道は『くすりの道』と呼ばれており、医薬関係者により多くの薬草が道の両端に植えられている。

三輪山御祭神の荒魂(あらみたま)を祀っているのが摂社の狭井(さい)神社。目指す御神水はここにある。

まずは参拝。

御朱印には確かに『荒魂』とある。

三輪山へ登る道もこの狭井神社からなのだが、この日は閉ざされていた。

社殿に入らず、左手の脇を入って行くと目指す御神水がでる『薬井戸』がある。

ボタンを押すと御神水が出てくる。

何とも今風で、想像するような井戸とは違うが、必要なだけ御神水をいただくのは理にかなっている。

ここで御神水を飲めるように紙コップも準備されていて、ありがたい。一杯いただこう…。

味は少し甘くて口あたりが良い。冷たさもちょうど良い良質な水だ。神酒伝説で高橋活日命がこの水を使ったのかまでは分からないのだが、この水からなら美味い酒が造れそうだ。

まほろばの国に生きる。

大和の国を詠んだヤマトタケルノミコトの詩に出てくる言葉が『まほろば』。その意味は「真(まこと)に秀でた場(所)」で、” 真秀場” と書く。

芸能活動55周年をむかえた歌手の布施明さんがコロナ禍の2021年に発表した歌のタイトルはまさに『まほろばの国』(マホロバノクニ)。世に蔓延している憂鬱感を一掃するような日本人への応援歌のような歌は元気が出る。(奈良盆地を守るようにそびえる二上山を見る)

カーラジオからタイミングよく聞こえてきたこの歌を聞きながら、帰り道に眺めた大和盆地の景色。大鳥居の向こうには畝傍山(うねびやま)。今日はすっかり遅くなってしまった。

さて、御神水を持ち帰って家に戻って恐る恐る寝室を除いてみると、妻は意外と元気そうであった。さっそく持ち帰った御神水を温めて白湯を飲んでいた。

『美味しいね』

『まほろばの国の水だからね』

『えっ? まほろば… ってどういう意味だっけ? ドアの向こうだからよく聞こえないね』

『うん、”まほろば” っていうのはねえ…』

この水が効いたのかどうかわからないのだけれども、症状はたちどころによくなっていった。

いまのところ自分も含めて周りに感染してはいないようだ。

コロナだ、オミクロンだ、と現世(うつしょ)は大騒ぎだ。

でもよく考えてみると、崇神天皇が神にすがるほどに悩んだのは自分が治める民たちの半数までもが死に至ってしまう疫病の蔓延だ。そんなの今のコロナの比ではない。もちろん治療薬もない、ワクチンなんてあるわけがない。

そこに唯一あってすがったのが、まさに聖なる山の御神水だったのだろうと思う。

それに比べれば今のコロナ騒ぎは何なんだろうか?

そう、与えられた寿命にあらがって生きようとするから苦しいのだ。

ラジオから流れる、まほろばの国で苦難にあえぐ人を鼓舞する応援歌を聞きながら、崇神天皇が見たであろう時代と変わらない美しい三輪山の風景を眺めた。

連綿と続く時の流れの中ではパンデミックと呼ぶこの大騒ぎが馬鹿馬鹿しくなってきた。

自然を敬い、湧き出す恵みの水をいただいてたおやかに暮らせればそれでいい…与えられたいのちの中で。

まほろばの国に生きるとは、そういうことなのだろう、と思う。

【大神神社】

【三輪山の信仰】

奈良国立博物館で近く開催が予定される三輪山の十一面観音菩薩立像(国宝)。これは見逃せない。