大阪・中之島に昨年オープンした「中之島 香雪美術館」。

3/21より開催中の『特別展 明恵の夢と高山寺』へ国宝の「鳥獣戯画」鑑賞を目的に行ってきました。

もちろん国宝も素晴らしかったのですが、それよりも僕の興味を大きく引いたのは、展覧会の題目にもなっている『明恵』という人の生き様と考え方でした。

鎌倉時代に40年にわたり毎日ブログを更新している男がいた

よくブログは 『量より質より更新頻度』 が大切と言われます。
質や量に重きを置く事ばかり考えていると、更新がおろそかになり書くのが億劫になってしまうためです。

しかし、今から900年も前にすでにこの 『ブログの鉄則』 を実践した人がいました。

その人こそが、この展示会でフォーカスされた 「明恵上人」 (1173-1232) でした。

名前から分かるように、仏門に入った鎌倉時代の禅僧です。

京都の奥座敷、嵐山のさらに山奥にわけいった栂尾(とがのお)の地にある高山寺。
国宝 『鳥獣戯画』 を所蔵し、世界遺産 『古都京都の文化財』 の構成要素にもなっている古刹です。
その高山寺を鳥羽上皇から賜り、開祖となった明恵が40年にもわたり毎日記した『ブログ』。

昼夜分かたず明恵が見た多くの夢の内容をしたためた、『明恵上人夢記』 がそれです。

19歳から59歳で入定する前年までの40年にもわたり、毎日自らが見た夢の内容を克明につづったのです。

40年!  しかも毎日です。

これには夜寝ている間に見た夢ばかりでなく、昼の間の夢想の内容も記されています。

(昼間にみた夢って、なんだそれ?)

多くの夢の記述が明恵が昼にみたものだということが分かっています。

昼の夢…とはつまり日々の修業中、明恵の頭に浮かんだイメージです。

潜在意識の中にあるもの、経験した出来事、日々感じている想いなど、様々な要素によって人は夢を見ます。

どんな夢を見るのかは選べません。
そして、夢をどうとらえるのか、その「解釈」は夢を見たその人自身でしか出来ません。

見た人の無意識の中に湧き出た「夢」というイメージは、「思考」 の渦を通ってきた後に文字となって記される、と考えられます。

以上の考察から、「明恵上人夢記」 に書かれているのはやはり彼の思想の断片であると思うのです。

遊び心満載、でも奥深い歌

明恵の「ブログ筋」には驚かされますが、彼は決して自分の考えを世にひろめようなどとは思ってなかったようです。
その点は現在ブログを書いて発信をしている方々とは若干違います。
「発信」 力がその時代を切り開くとは考えておらず、淡々と見た夢の内容を書き綴っていった、それが自然に人に受け入れられ、弟子が増えていった、というのが事実。

今回展覧会に足を運んだ際に、

明恵の残したおもしろい歌を覚えました。

『あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月』

(明々や 明々明や 飽々や 明々開かや 空々や月)

詩の意味は;
「なんて明るいんだろう。本当に明るい、明るいんだなあ。飽かないほどに。これ以上なく明るくて、ひろい空いっぱいに明るい月だなあ」

月をこよなく愛したという明恵。

実に「あか」という言葉が12も連なっています。

この歌に関しては、様々な解釈があります。

私の解釈は、明るくすべてを照らす月を明恵のあこがれの象徴とみて、「あの月のように”あるべきよう”に生きよう」というものです。

明恵が最後に遺した 『栂尾明恵上人遺訓』 は次のような言葉で始まります。

『人は ”阿留辺畿夜宇和(あるべきようは)” と云七文字をもつべきなり』

この、『あるべきよう』について、河合隼雄はその著書「明恵 夢を生きる」の中でこう述べています。

日本人好みの「あるがままに」というのでもなく、また
「あるべきように」でもない。
時により事により、その場その場において「あるべきようは何か」を問いかけ、
その答えを生きようとする

ものである、と。

全くの自然体、でもなくまた逆に意志を貫くように強くあるでもなく。

インターネットという文明の利器を手にした僕たち現代人に対して、900年前にすでに毎日ブログを書いていた先人の言葉は何を意味しているのでしょうか。

すぐには分かりませんでした。

『あるがまま』でもなく『あるべきだ』でもなく

先に私なりの明恵が月を見て詠んだ歌の解釈を書きました。

”『あるべきように』 生きたい”

月はただ世を照らすだけ。太陽のような完全な明るさをもたらすものでもなく、また全てを闇にかき消してしまうわけでもありません。

月明りの下では、人々は光と闇の混在する世界で、自分が置かれた立場で行き来しています。

『全く自由だっ。好き放題、やってやるぞ~』

『こうあるべきだ。そうあってはならない。しかるべき事をすべきである』

『あるべきよう』 の真の意味は  「現にある規律・規範を順守しつつ、皆がその立場に応じて、為すべきことを考え、為すのだ」
というものでした。

さて、振り返って自分は『あるべきよう』に生きているだろうか?

文字に自分の考え、気持ち、体験を記し、発信することは楽しい。
反面、自分の言葉が未来永劫残るということです。
自分の立場をもう一度考え、何をどう発信するのか、自分が為すべきことにどう生かすのか。
もう一度考える機会をあたえてもらった気持ちです。

明恵の 『あるべきよう』 を肝に念じながら書いた私の文章が、自然と人の心に刻まれて賛同を得ていくにはまだまだ修行が足りないと感じます。

決して有名とは言えない、縁遠いと思われた歴史上の過去の人物が同じ書き物(ブログ)を通じて身近になりました。

人なつっこい明恵上人。国宝の絵なのに、鼻毛が出てます!(笑)

絵を描いたのが誰かは不明ですが、『あるべきよう』に明恵を描いたのでしょうか??

(展覧会ポスターに描かれた国宝 「紙本著色明恵上人像」 高山寺所蔵)