フェルメール展の人気はまだまだ続きそうで、このままの勢いでは今年の展覧会入場者数記録でトップに躍り出そうです。日本人には最近特に人気のあるフェルメール。今まで美術に全く興味のなかった人まで煽られるようにチケットを買って長い間列に並んでいるのを見ると、その人気ぶりに驚きます。と同時に、どうして今まで知られていなかったのかホント不思議。ケニーは昨年、オランダの2つの美術館でフェルメールの作品を6点鑑賞する機会がありました。フェルメールの生まれ育ったオランダで本物を見た後での日本での展示会。これから『フェルメール展』の長い入場の列に並ぶ方が知っていれば、絵を見て3倍楽しめるフェルメールとオランダにまつわる話を書きたいと思います。

長い列にならんでいる入場直前に再度読み返してもらえれば、待ち時間も潰れて、さらにこれから見るフェルメールの名画の見方がさらに面白くなりますよ。f:id:kennyan:20181026165023j:image

●フェルメールと他の画家たちとの大きな違い  ーー絵から「音が聞こえてこない」!

ケニーが思うフェルメールと他の画家たちの作品の大きな違いの一つが「音」でした。どのフェルメール作品も、その光の独特の表現や先進的な青の色使いなどが特徴で誰もが注目します。ですが、実際にオランダで鑑賞した際、それ以上に思った事は「この絵からは音が何も聞こえてこない」という事でした。音? もちろん絵画から音は聴こえるはずは無いのですが、描かれた場面の臨場感から、あたかも人物の声や叫び、風や川など自然の奏でる音が聞こえて来るように感じる絵が実際はとても多いです。
それに比べてフェルメールの描く絵の、この静寂感は何だ!? 得意な室内画だけでなく屋外を描いた『デルフトの眺望』まで、頭に中に広がるのは静謐さのみ。描かれた人たちが見せている動きさえ、まるで彼らが音の聞こえない無重力の宇宙空間にいるようにさえ感じられました。そう、テレビで宇宙ステーションから届くニュース映像のあのスローな動きです。フェルメールの絵にはルーベンスやルネサンス期のイタリア絵画から聞こえてくる「ざわめき」「けたたましさ」が全くなく、あたかもノイズキャンセリングヘッドをかけて見ているような気分になります。展示会に耳栓を持っていくと、周りの音がシャットされ、さらにフェルメールの静寂の世界に浸れると言うと笑われるでしょうか? でも本当です。

この展示会に行く方、絶対耳栓持って行ってくださいね!! 耳栓ですよっ!

●そもそも何で、「オランダ」なの?

ダ・ヴィンチもミケランジェロも、そしてラファエロもみんなイタリア出身です。フェルメールが生まれた17世紀までに世に知られた偉大な芸術家達は例外なくイタリアで活躍しています。ルネサンスの絵画の影響で花開いた北方ルネサンスはドイツやフランドル地方(今のベルギー)でファン・アイクやブリューゲルといった画家を育み、花開きました。イタリア、北方ルネサンスいずれの名画達もフェルメールまでの静寂感は感じません。むしろ絵を見る事で音を意図的に鑑賞者に意識してもらうのが目的ではないかとさえ思う程でした。宗教画でさえ、見ているとどこからか教会のパイプオルガンの音や合唱が耳に聞こえてきそうな錯覚がする絵がいくつも思い浮かびます。

17世紀のオランダはスペインと長い戦争状態にはあっても、富と繁栄を謳歌した「黄金時代」。教科書で知っている方も多い東インド会社をアジアで経営し、海上の覇者となった世紀です。本来、国が繁栄を謳歌する時代には、芸術の分野もそれを賛美するように派手で、大画面となり、絢爛さが増していくとは思いませんか?

でもフェルメールの絵はそれらの時代に描かれたとは思えないほど、小さく、そして慎ましいものです。フェルメールのみならず17世紀オランダの絵画界はレンブラントやヤン・ステーンら現在でも名を知られる画家が多数いましたが、一部の例外を除いて誰もルーベンスに代表される荘厳な宗教画や、王政賛美の歴史画を描きませんでした。隣のベルギーやドイツでは相変わらず、ルーベンスに代表される、それらを得意とした画家たちが活躍していたのに…です。

オランダだから、そうなった。

その答えは「宗教」にあり。オランダには当時カトリックのスペイン支配を嫌い、多くのプロテスタントが逃げて来ました。そう、この時代は宗教改革の後の時代。祭壇画や聖像を敬うカトリック、かたやプロテスタントは偶像崇拝を基本的には否定します。プロテスタントの欧州最期の砦となった当時のオランダ。そこでは祭壇画をはじめとする宗教画ニーズは皆無とまでは言わずとも非常に小さなものでした。教会という大きなマーケットがないオランダの絵画市場では、海外進出で潤った経済の恩恵を受けた裕福な一般市民たちが得意先だったのです。

日本でも、鎌倉時代以降、極端に「仏像」製作が減ります。江戸時代に作られた仏像もないわけではありませんが、数としては圧倒的に飛鳥・奈良・平安・鎌倉時代のものが多いです。これは室町時代以降に浸透した仏教が主に臨済宗であり、仏に祈る事よりも、自らが現世で修行をしていく事で仏の加護を得るという禅宗であったからでしょう。信仰対象となる仏像のニーズがそもそも臨済宗にはそれほどなく、劇的に需要が減ったのです。

日本とオランダの歴史を比べてみても、同じ様な宗教と芸術の関係性がある事に驚きを禁じ得ませんね。国は違えども、人は皆同じ行動をするのですね。

自分の好きな絵に専念できた幸せな男 ーフェルメールと他のオランダ画家たちとの違い

さて、オランダの当時の絵画を取り巻く状況が、他の国と違うのは分かりました。でもケニーには、フェルメールの絵は同時代のオランダの画家たちとさえも、全く違う印象を受けます。特に先に述べたレンブラントやヤン・ステーン達とは根本的に違う何か…。 そしてやはり、一番大きな違いは、絵から聞こえてくる「音」だという結論に至りました。レンブラントの絵はいくら静かな場面を描いたものでも、その陰影に富んだ画面からは描かれた人物の息遣いが聞こえてきそうです。かたやフェルメール。静かで、あまりにも静かで…。耳の三半規管がその静かさに耐えられず、その静けさを破るために根負けして何かこちらから喋ってしまいそうです。

350年の時を超え、絵を通して「だんまり比べ」を絵をフェルメールに挑まれているとしたら、誰も勝てないでしょう。そして、この静かさを絵で表現するためには、相当な試行錯誤がなされたに違いありません。1枚の絵をとことん描きこむには時間がかかりますし、納得出来るまで習作を何枚も描く事も必要だったと思います。そして、フェルメールにはそれを行う時間と経済的余裕があったのでは?

レンブラントも成功後は工房を経営し、裕福でしたが、大きな家を買い、女をつくり、最後は借金で身を滅ぼしました。いわば、「成り上がり」でした。工房はさながら工場のようで常に仕事に追われていました。

かたやフェルメール。死んだ際には11人の子供がいたとも。彼らを養うだけの財を持っていたという事です。それなりに売れても、工房を持たず、弟子もとらずに一人で1枚の絵をとことん自分の納得するまで描き極めたかったのだと想像出来ます。彼には、他のものに興味がないほどに好きな絵に没頭出来る環境があった。だから売れ行きを気にせず自分の納得するまで時間をかけて作品に向き合えた。それが今残る作品数がわずか35点ほどしかない、稀代の寡作家の真実なのだと思います。

さて、展示会での絵を通してのフェルメールとの時を超えた「だんまり比べ」、あなたは勝てるでしょうか?

ケニーはどうしても勝てません。何故なら、あまりにも素晴らしい彼の絵の虜になって、いつもつい先に溜息をもらしてしまうのですから。今度も完全にフェルメールが絵を通してかけてくる魔法にやられそうです。

記事『なんでそんなに混むの?フェルメール展』はこちら

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(写真は上から 『真珠の耳飾りの少女』(マウリッツハイス美術館)、『青衣の女』(同)、『ディアナとニンフ達』(同)、『恋文』(アムステルダム国立美術館)、いずれもオランダにて撮影。今回の『フェルメール展』への出展はありません)

★2018/10/26はてなブログ投稿記事を移動・再編集しました。