山の花の記憶 ③シロヤシオ 鈴鹿・竜ヶ岳の白い羊

シャクナゲと人気を二分する初夏に咲く樹木の白い花

雪解けを待って林床にまず咲く華麗なスプリングエフェメラルたちに比べると、木々が芽吹き咲く春先の樹木の花は実に奥ゆかしいものだ。華美な色で目立つ事もなく、枝先にちらほらと小さな花をつけて咲くものが多いからだろうか、シロモジやタムシバ、オオカメノキなどそれぞれ味わいはあるものの、他の花の大きな群生に出会うような驚きはあまりないのが正直な感想だ。

しかし初夏にむけて春の花の主役が入れ替わるころ、毎年出会いが待ち遠しい花がふたつばかりある。ひとつは豪華でピンクや赤色の花をつけるシャクナゲ、そしてもうひとつは真逆のどこまでも白く「清楚」なシロヤシオだ。どちらも登山者には人気が高く、これらの花咲く山はどこも大変な賑わいとなる。

(鈴鹿 竜ヶ岳 石榑道 2018.5.15)

『清楚』な白い花が鈴なりになるシロヤシオ

登山者にこれでもか、と前面にアピールしてくる豪華なシャクナゲに少し遅れて咲きだすシロヤシオは、当たり年に出会えばその見事さに思わず声を出してしまうに違いない。

まるで雪が降ったように樹全体が白くなるのだ。

(鈴鹿 竜ヶ岳 石榑峠道。2018.5.15)

シロヤシオの花は新緑の葉と一緒に咲きだすのが大きな特徴。アカヤシオの花が葉よりも少し先に咲くのとは違う。しかも咲くときは本当に一気に咲く印象がある。まさに ”鈴なり” になる。

(鈴鹿 鎌ヶ岳 長石尾根にて。背景は御在所岳 2014.5.11)

上の写真のように枝先につく葉の数が5枚であることから、別名はゴヨウツツジ。葉のフチは赤みを帯びるものもある。五角形に見える花弁の数は実は3枚。

皇室の愛子様のお印の花としても有名だが、那須の御用邸近くには日本でも有数のシロヤシオ群落がある。真っ白で大きなシロヤシロの花には『清楚』の言葉が似合う。

花は新葉と同時に咲きだすので遠目にはあまり目立たないかもしれない。しかし、よく近づいて見れば緑の葉と白い花のコントラストが素晴らしい。また、花の勢いの方が大きな当たり年では、雪が積もったか、サクラの樹かと見間違うほど樹全体が真っ白な時もある。そんな年にシロヤシオの群落のある山に登って出会えれば幸せだ。

全国でシロヤシオが有名な山をいくつかあげてみた。

●那須 高原山

●足尾 袈裟丸山

●丹沢 檜洞丸など西丹沢

●静岡・安倍奥 十枚山

●南アルプス深南部前衛 岩岳山・京丸山・山犬段周辺の山々

●鈴鹿 御在所岳・鎌ヶ岳・仙ヶ岳

太平洋側のブナ帯に分布する樹木の花なので、標高は1,000-2,000m程度の本州の低山から中級山岳での出会いが多い。

『白い羊の群れ』に会いに行こう - 鈴鹿・竜ヶ岳

鈴鹿山脈北部の竜ヶ岳。フクジュソウ咲く北隣の藤原岳は今や全国区の花の名山として知られているが、尾根続きで約7Km南、標高1,099mの竜ヶ岳も最近は負けず劣らず人気が高い。特に5月は年間登山者の約3割が集中しているが、その理由がこのシロヤシオの花。

シロヤシオの花を見るにこの山をオススメするのは、他のどの山でも見ることがない独特の景観をこの花が作り出しているから。

それが下の写真。

まるで… 『草原に遊ぶ羊の群れ』…? 

この白い羊一匹一匹がシロヤシオの花。背の低いササに覆われた山頂付近のなだらかな丘陵地形に点在している樹のほとんどがシロヤシオという不思議な植生のおかげで、花咲く季節にはまるで牧場で放牧されている羊の群れが現れる。

(鈴鹿 竜ヶ岳稜線 2018.5.15)

 

先にあげたように美しいシロヤシオが群生する山々は全国にたくさんあれども、この独特の風景を見る事が出来る山はここだけ。その理由は竜ヶ岳の地理的位置によるものだろう。

シロヤシオは主に太平洋側に分布している、本来はブナ帯の樹なのだが、このようにクマザサの稜線上に単独で群落を作っている山を他に知らない。

すぐ北側に位置する御池岳や藤原岳は水はけのよい石灰岩質の山々で、オオイタヤメイゲツなど豊かな林相があるが、太平洋側のブナ帯の樹であるシロヤシオは全く見かけない。

竜ヶ岳が位置する鈴鹿山地北部は日本海側の気候の影響を受け、冬季は強風にさらされる。その凄さは、積雪量世界一のギネス記録を持つ伊吹山は関ケ原地峡を挟んで鈴鹿北部に対峙していることからもわかる。風衝地帯である稜線ではクマザサ以外の樹木が育ちにくいが、日本海側の気候と太平洋側の気候の境に位置する竜ヶ岳は両方の特徴を併せ持つことから稜線上に高い樹がほとんど生育しないのだろう。

また、この竜ヶ岳を境に鈴鹿山地は地質ががらりと変わり、これより南部は花崗岩帯となり、御在所岳や鎌ヶ岳などに代表される風化した急峻な山容となってしまい、群落を作るのは地形的に難しい。実際に御在所岳などでもシロヤシオは結構咲くのだが、急峻な尾根筋に沿って生育している場合が多い(長石尾根など)。

平原状の山稜のササ原にシロヤシオの樹が点在する、竜ヶ岳山頂部だけの独特の景観はこれら気象と地質の複合要素によるものだ。

ともあれ、この時期の竜ヶ岳の稜線はこの『白い羊の群れ』を見にくるハイカーで大人気。登山口の駐車場スペースはどこも週末ともなると最近は夜中のうちに満車になってしまうほど。おまけにシロヤシオの花の咲く期間は2週間ほどと短いので、どうしても人が集中してしまう。混雑をさけて平日にゆっくり登りたい。

短い花の時期、限られた出会いのチャンス

なんだか男女の出会いのようなサブタイトルだが、竜ヶ岳の羊牧場を好コンディションで見るためには、やはり毎年花の時期に足げしく通う事しかない。

毎年、それなりに素晴らしいのだが、花付きが例年になく素晴らしく、その上に雨など天候の影響を受けず花の痛みが少なかったのはやはり2018年だろうか。アカヤシオなどほかのツツジ類も開花が早く素晴らしい年だった。

逆に梅雨入りのタイミングにも影響され、満開になるのを今か今かと待っていたら、一度の悪天候でほとんどの花が終わってしまい、シーズンが終了してしまったことも(2021年)。咲くときは一気に咲き、散る時は一斉に散ってしまう。シロヤシオの花はなぜか「全員一致団結」して咲いて散る印象がある。

(葉が目立つようになってきたシロヤシオと静ヶ岳 鈴鹿 竜ヶ岳稜線にて。 2009.5.26)

 

それでも、風雨にやられて痛まなければ、多少盛りは過ぎても上の写真のように新緑と相まって今度は淡雪のような感じになる。それはそれで見ごたえがある。

(新緑の山肌と淡い白色のシロヤシオ。季節は初夏へと駆け足で変わっていく。 鈴鹿 竜ヶ岳稜線にて。 2009.5.26)

身近な低山で出会う事はそれほど難しい樹なのだが、満開の白い花に出会うのはなかなかに難しい…

まるで近いようで遠い、○○48のように『会いに行けるアイドル』のよう?

分かっているけど毎年会いに行ってしまう、そんな花だ。

【シロヤシオ】

ツツジ科ツツジ属

和名「白八汐」

東北地方から近畿・四国に分布するが、主に本州の太平洋側の山地、標高800-2,000mのブナ帯に多く咲く落葉樹。花期5-6月。花が咲く期間は2週間程度と短い。

田中澄江『花の百名山』25 大滝根山(阿武隈山地)

花言葉「愛の喜び」