今、病気療養のため自宅でテレワークをしています。家族が皆顔合わせる時間がある嬉しい反面、家の中の人口密度が増して手狭になってきました。いい機会だと場所を取っている本の「断捨離」をする事に。手っ取り早いのは小屋裏に大量にしまってある昔のマンガを処分っ! が、しかし…
腰を下ろして整理をしだすと、ついついはまって読んでしまう…よくある事です。そこは割り切って「読んでから捨てる」からまぁ、イイやということで。
この『沈黙の艦隊』は1986年から刊行、1996年まで当時人気の講談社の週間雑誌「モーニング」に連載されたかわぐちかいじ氏の作品。当時ハマって全巻揃えた作品の一つ。
簡単にストーリーを紹介。主人公・海江田を艦長とし、日本から「独立」した「やまと」は実は日米が極秘に造り上げた最新鋭の原子力潜水艦。潜水艦でありながら独立国家を宣言。自らが深海で世界の核兵器の「シェリフ(保安官)」たらんと国連を基礎とした『世界政府』の元に多国籍軍による抑止力を持った『沈黙の艦隊』の設立を目指す海江田。次々と情報を発信しながら行手を阻む各国の戦力を打ち破るが、自衛隊同様相手が攻撃しなければこちらも攻撃せずに専守防衛を貫く。国連のあるニューヨークを目指す戦いの航海の中、敵対する各国の政治家や軍人達も徐々に海江田を理解し、次第に賛同していく。
そしてたどり着いたニューヨークで海江田を待っていたのは…
潜水艦が国家というユニークな設定、男ばかりの登場人物、核兵器廃棄、国防や安全保障、そして政治と国連をもとにした世界のあり方まで、深くメスを入れながら大きなスケールで描いた、かなり『骨太』の作品。読者も圧倒的に男性だったのではと思います。当時防衛を巡る国会論議でも取り上げられたのを記憶しています。
簡単に入り込むのは難しいストーリー展開ながら、一度世界にはまり込むとどっぷり浸かってしまう。
インターネット革命を先取りしていた『沈黙の艦隊』
当時、インターネットはまだ世に現れておらず、劇中でもアメリカのCNNを模したテレビが、世界中の人々の声を吸い上げ発信する存在として描かれていました。深海に姿を潜ませる潜水艦の中で主人公の海江田が使う武器は魚雷ではなく、世界に向けて発信する「言葉」。海江田の声に呼応していくのは最初、敵対する各国の政治家たちでしたが、途中からは世界中の一般市民達が独自に語り出す。海江田と世界市民たちの間にいたはずのテレビをはじめとするメディアは、いつのまにか世界市民達の後ろに立っている自らを自覚し、ショックを受けます。
世界市民たちの声は遂に国連や米国大統領の考えを変えてしまいます。そして歴史的な核兵器廃絶宣言へと結びついていきます。ニューヨークで海江田は最後に人類に向かって『独立せよ』と呼びかけます。戦争からの独立、軍隊からの独立、政治からの独立、そしてメディアからの独立。人類の一人一人が精神的に独立する事で、戦争の危機に関して良心が働くのを促したのです。
インターネットで個人と個人が無限に繋がった世界が実は『沈黙の艦隊』には時代に先んじて描かれていました。
ローラさんの活動から見えたこと
タレントのローラさんがツイッターで呼びかけてつい先日話題となったのが沖縄本島・辺野古の海を埋め立てて米軍基地を作る事への米国大統領への反対署名。一気に数日で署名は必要数に達し、ホワイトハウスに正式な署名として届けられる事になりました。
かなり以前から辺野古の埋め立てについては報道されていて、先の沖縄県知事選挙の争点ともなり全国的に関心が高まってはいたはず。ですが、小さな個人でしかない私たちはそれを気にはかけていても、つまるところは自分の意見を明確にせず、その問題をどう考えるのかの結論も出していない。国を守るという命題、美しい沖縄の自然が破壊されていく危機… 「国の安全と貴重な自然のどちらを取るのか」という二者選択ではないのがこの問題。とはいえ議論の結論が国と沖縄県で分かれている以上はコンセンサスが取れていないのは明らか。ならば第3の選択肢として「議論がつまるまでは埋め立て凍結」という一票を取るのもあると思い自分もその呼びかけに呼応した1人です。
ローラさんの呼びかけに呼応して署名した方々は、間違いなく『沈黙の艦隊』の主人公・海江田が世界に呼びかけた『独立せよ』の言葉に従って、自分独自の気持ちで動いたのです。そしてテレビタレントという立場であっても従来の媒体ではなくSNSによる呼びかけが人々を動かしたのも、世界市民たちが海江田について地球規模で語り出した件と同じ現象。この漫画を再度読み返した自分にはそれは一種の「デジャヴ」に感じられました。
海江田もローラさんもある意味、すでに世間からは認知された存在です。だからこそ、人々が彼らの言葉に耳を傾け、自分の気持ちを表したのです。今で言う「インフルエンサー」たれば他の人を動かすのはより素早く効果的に出来る、というのを強く感じさせました。
それが、漫画という空想世界と埋め立て反対運動署名という現実世界のいずれでも起きました。
新しい『海』を前にして
奇しくもどちらの出来事にも「海」が関係しているのは偶然でしょうか? 日本という島国、外洋で他国とは区切られた国土でずっと生きてきた我々日本人。海江田は潜水艦という武器をもって実際の海を越えて国連に達しましたが今の日本人にはインターネットという別の外洋が目の前に広がっています。
『地球の事は海から解決する方がいい』…銃弾に倒れ意識を失う直前に海江田が米大統領に言った言葉です。海をインターネットと見なしてもその言葉に説得感があるのはローラさんのホワイトハウスにも届いた署名運動からも納得出来る。
新しい情報という名の海を見て、日本人のぼくたちは、恐れを抱くよりもその果てを見据えて海江田のように乗り出していく事が出来るはず。僕らは海に囲まれた国の人間だ。
海の向こうに行ってみたい気持ちは地球上のどの国よりも大きい。逆に海の向こうから来る物や人に貪欲な好奇心を抱き、吸収してきたのも事実。
海を感じ武者震いするぐらい、ワクワクするぐらいが丁度いい !