東谷山のシデコブシ 「シデ」の意味は何? 実は貴重な花です。

東海地方だけに咲く珍しい樹の花

「コブシ咲くあの丘、北国の、あゝ北国の春〜」

よく知られた、演歌の歌詞。

千昌夫やテレサテンが歌う「北国の春」の歌詞です。

この歌詞に出てくる「コブシ」。

コブシは誰もが知っている花ですが。

では、頭に “シデ”がついた、「シデコブシ」は?

漢字で書くと、『幣辛夷』『四手拳』。

ううん、漢字からはシデコブシとはまず読めませんねぇ。

モクレン科モクレン属の落葉小高木。別名ヒメコブシ。

日本固有種。東海丘陵要素植物群の1種で、環境省によりレッドリストの準絶滅危惧の指定を受けており総個体数は1万個程度。

花期3-4月。春いちばんに花をつける樹木のひとつ。

1つの花の開花期間は約10日。株全体では20日程度しか開花しません。

桜の花と似たような短い期間しか楽しめない花です。

東海地方でしか見る事の出来ない東海丘陵要素植物群をご存知でしょうか。

一般にはあまり知られてはいないのですが、日本の真ん中、東海地方にはこの地方でしか見る事の出来ない固有の植物の宝庫で、『東海丘陵要素植物群』と呼ばれており、いずれも貴重で数が少ない事から保護の必要性が叫ばれています。

太古の昔、「東海湖」と呼ばれる大きな湖が砂礫や花崗岩が堆積し、なくなった後に湿地化しました。

その過程で当時分布していた東海地方の固有種は、湖がなくなり隔離分布することになり、現在では15種類の特徴的な植物を『東海丘陵要素植物群』と呼びます。

シデコブシもその一つ。

以前は岐阜県の東濃地方の山林では普通にあちらこちらで見る事が出来た樹木ですが、開発がすすみだんだんと数が減っていきました。

今では環境省によりレッドリストの準絶滅危惧の指定を受けており総個体数は1万個程度しかありません。

そのうち、岐阜県土岐市泉には 7,500本の最大規模の群落がありますが人が近くに寄れる場所ではありません。

残りのたった2,500株が愛知・岐阜・三重の比較的標高の低い丘陵地帯に散らばって生息しているのが実情です。

岐阜県多治見市の虎渓山永保寺周辺には8702,356本の大群落があります。

中津川市岩屋堂の群生地もこの地方では有名です。

貴重なシデコブシ群生地

このシデコブシ、コブシとはちがって非常に限られた場所に生育しています。

東海地方だけに、しかも湿地性の丘陵地にしか生息しません。

何故でしょうか?

それはこの地方の地質に関係がありました。

全国的に名前が知られる『瀬戸』『多治見』『関』は古くから焼き物の産地。

それは焼き物の原料となる『陶土』が採掘出来たからです。

この『陶土』層は比較的地中の浅い場所にあり、雨として降った水が浸透出来ずに丘陵地から湧き出ている場所があります。

シデコブシはこのような場所を好むために、東海地方の丘陵地の湿地帯で見られるのです。

藤七原湿地 (愛知県 渥美半島 田原市)には日本でも最大規模の群生があります。

3月末、訪れた時の様子。桜も顔負けの華々しさです。

淡いピンクのはなびらが可愛い。

はなびらがつややかさを保っているのはごくわずかな期間です。その大きさが理由なのか数日の間にもう「しなっ」としてきます。

まるで、薄いはんぺんか、シナチクのようだ。

我が家の裏山である東谷山(とうごくさん)にも群落があります。

名古屋市の北東の端に位置する市内でもっとも高い場所。

都会の近くですが、シデコブシの群落は大切に保存されています。

東谷山の群生地は県とある地元の企業と連携をして保護されている湿地にあり、通常は立ち入る事が禁止されています。

毎年、シデコブシの季節になると鑑賞会が行われ、その日だけゲートが解放されて参加者だけがこの群落をめでる事が出来ます。

近寄ってみると、コブシとはだいぶ違います。どちらかといえば標高の高い山でよく見かける「タムシバ」に似ている。

シデコブシの「シデ」とはこのことだった。

ここで思い出してください。

「シデコブシ」の “シデ” は 漢字で「幣」。 この漢字、(ぬさ) と呼びます。

そう、神社でお祓(はら)いを受ける時に神官が手に持ってけがれを「祓う」ときにふる、棒(玉ぐし)についている四角く連なった紙、アレのことです。

注連縄(しめなわ)や、正月に飾る「鏡餅」にもつけてありますよね。

なるほど、この花びらのしなり具合を見ると、その「幣」に例えたのがよく分かります。

風にゆられるシデコブシの花びらを見ていると、とても幸せな気持ちになるのは、ひょっとして、神様の前でお祓いを受ける時のように、心が清らかになってくるからかもしれません。

貴重な『東海丘陵要素植物群』

毎年、何気なく見ているシデコブシの花。住んでいると当たり前に思える花が実は貴重な希少種であることが普通になってきています。

愛知万博の際にはシデコブシ自生地が会場計画地にある事が分かり、場所が変更されたという経緯があります。

シデコブシだけでなくシラタマホシクサ、ナガバナノイシモチソウ、ミカワシオガマなどの東海丘陵要素群の貴重種はどれも美しく素敵な花を咲かせます。

幾度となくこの地方の湿地を訪れ、これら貴重種の花を見る度に「この花はここにしか生きていないのだ」と、100年先、1000年先にも咲いていてほしいと思うばかりです。

★東海丘陵要素植物についてはこちらが詳しいです

⇒ 『東海丘陵要素植物』日本野鳥の会