なぜにわざわざヤブの山へ?
5月の終わり、梅雨入り前の好天を狙って奥美濃の若丸山へ登ってきました。
(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-3180008.html)
奥美濃の中心にある藪山で、道なき尾根や沢でたどりつく1,000mクラスの低山ですが、山頂の展望は折り紙付き。
(奥美濃・若丸山山頂から雄大な能郷白山の展望。2021.5.14)
また素晴らしいシャクナゲの花にも出会え、春秋はブナの新緑・紅葉も美しく素晴らしい。
そのシャクナゲは実は猛烈なブッシュ帯をつくり行く手をはばみ、大変な苦労でした。詳しくは縦走の記録を読んでいただければ写真などで分かりますが、アルペンムード満点の北アルプス縦走などとは真逆の世界。
「なんでわざわざそんなヤブへ突入するの?」「モノ好きだね~」
はい、その通り、もの好きなのもありますが、それはそれで理由がある。けっして藪こぎが楽しいわけではないのですが、藪をこがないとたどりつけない絶景があり、藪の中に咲く美しい花もあるからです。これを見るためには苦労をいとわず藪を漕ぐ、ただそれだけの事なのですが。
久々の藪こぎをして思ったのは、この奥美濃の藪がいかほど大変なのかを経験的に他のエリアと比べてみよう、という事でした。そこで『自分が行ったことがある』山域限定ではありますが、いくつかここぞ、という山域を想いあたる中でリストしてみました。
知床半島のハイマツ
背丈を超すハイマツの海。知床のハイマツの大きさは日本アルプスあたりのそれとはまったく別モノ。テルペン臭に悩まされながら一日歩けば全身マツのヤニだらけでベタベタ。アスレチックのように枝の上を渡り歩く事もしばしば。
憧れをいだいたのは、学生時代に読んだ、新聞記者・本田勝一の「北海道探検記」(朝日新聞社)というルポでした。この本にある北大探検部に同行しての羅臼岳から知床沼へのハイマツブッシュ縦走の体験記を読み、冒険心を大いにくすぐられたのです。
(人の丈を超すほどに大きなハイマツが密生する知床岳付近の稜線が、先に見える知床半島の先端まで延々と続く。1990.8.28)
「地の涯(はて)」を意味するシリ・エトク(知床)の稜線上からはハイマツ超しに海原が広がり、世界の果てに来たような独特の雰囲気。羅臼岳・硫黄岳からルサ乗越を経てポロモイ台地から半島先端のウィーヌプリ、そして最後に灯台の建つ知床岬へは4-5泊かけてのひたすらハイマツのブッシュを漕ぐ縦走。
学生時代、知床岬まで海岸を歩き往復、その後ポロモイ台地へ藪を漕いで上がり知床沼
にテントを張って知床岳に登頂した事があります。その時に見たハイマツの海越しの海原の素晴らしさが忘れられません。
(当時は踏跡もほとんどなかったポロモイ台地。1990.8.28)
上越国境のネマガリタケ
特に野反湖・白砂山から佐武流山を経て苗場山への稜線は倒木とネマガリタケの猛烈なブッシュが行く手を阻み迷路のようです(旧エアリアマップ「志賀高原・草津」1991年度版より)。ところが近年は秘境といわれた秋山郷が開けてきてドロノキ平をベースに稜線は定期的に藪を刈り払いメンテされ、そんな苦労なく縦走出来るようで多くのレコも上がっています。ネマガリタケのブッシュの大変さは太平洋側、たとえば南アルプス深南部のスズタケなどに比べて格段に厳しいイメージがあるのですが、さて、今はどこか他にここぞ、というネマガリタケの難路は上信越エリアに残っているのでしょうか? 志賀高原には毎年のようにスキーや登山に行き、稜線の上から見る緑の奥志賀から谷川連峰へと続く緑の山並みにあこがれましたが、いまだ縦走の機会を得ず… 宿題のままです。
(東館山の山頂付近から四阿山 (左奥) へと連なる志賀の山々。正面に大きいのは御飯岳 2160m。ほとんどがネマガリタケの藪の稜線。2002.8.14)
·西表島のアダンのジャングル
「熱汗山脈」(高橋敬一著:随想社)や「西表島探検 亜熱帯の森をゆく」(安間茂樹著:あっぷる出版)を読めば西表島に冒険の夢を見てしまうこと間違いなし。アダンの猛烈なヤブ、灼熱の熱帯気候の島をいまも春になると大学探検部が縦走や海岸歩きに訪れます。アダンの木はトゲがありこれを突破して歩くのはほぼ不可能。今もってこの日本で「探検」や「秘境」を感じる事の出来るのは知床半島と西表島だけ、とよく言われますが、まさにその通り。
何度も訪れて、ちょっとだけその片鱗に触れる事はあってもなかなか足を踏み入れるには勇気が要るエリア。
(右奥に見えるのは西表島最高峰の古見岳。標高はわずか469.5m。まるでアマゾンのような後良(シイラ)川のマングローブ林の向こうはアダンのブッシュ帯、登頂するには標高以上の困難さが伴う。2020.7.24)
山からは若干外れるけれども、島の西海岸半周は知床岬を目指す以上に日数がかかりいつかは歩き通してみたいルート。
そして最後に真打ち登場、です。
奥美濃のシャクナゲ
豪華な花を咲かせるシャクナゲも大きなものでは4-5メートルにもなり、しかも根の中心から放射円状にまわりにのびて地を這うので、そのやっかいさは知床のハイマツ以上。
今回久しぶりに奥美濃の山に登り、無雪期の奥美濃のシャクナゲブッシュを漕いであらためてそのすごさに感動(?)してしまいました。尾根を登っていると目の前にタコのように枝が地面を這いながら反り立ちあがる硬くて太い枝は、まるで鉄格子のよう。ハイマツと違い藪こぎしても松ヤニが付くことなどはないし、アダンのようにトゲがない反面、突破するのに一番力が要るのがシャクナゲ。手や足で押しのけるのにもかなりの力が要る。それが急登だと上からのしかかってくるシャクナゲを下から押し上げて身体を入れて越えないといけない! 知床のハイマツも奥美濃のシャクナゲに比べればかわいいと思われてくる…
(これが奥美濃のシャクナゲのヤブ。進むには大変な労力が要る)
ということで、現時点、「奥美濃のシャクナゲブッシュ」が日本一のヤブ(登山者にとって)という事にしておきます。他に「こここそは」というエリアがあれば教えていただきたいものです。まだ知らないぞくぞくする秘境があるなら、それはそれでうれしい限り。
奥美濃が「日本一のヤブ山」といっても、決して憎んでいるわけではありません。その反対です。簡単に行けないからこそ、その美しい花が今でも守られていると思う。山の険しさとそのリモートネスのおかげで、植林地もまだ少なく、苦労して登った稜線から見下ろすときちんと整った緑の衣を山麓まで見渡す事もまだ多い山域が、奥美濃のすばらしさ!
登山者を簡単には受け入れてくれない厳しい藪となるシャクナゲそのものが、美しい花を咲かせるわずか1-2週間の新緑の季節… 奥美濃は北海道・日高山脈と並んで日本で最も美しい山並みが味わえるエリアでしょう。
どこに行っても人が多すぎる昨今の日本の山々… 藪が行く手を阻むからこそ守られている絶景は探せば国内にもまだまだあるのです。