山の花の記憶 ⑤チシマギキョウとイワギキョウ

めっきり減ってしまった「キキョウ」の花も山ではなじみのお花畑メンバー

すっかり目にする機会が減ってしまった花、キキョウ(桔梗)。

古くは万葉集で山上憶良が詠んだ秋の七草のひとつ「朝貌(あさがお)の花」がこの花であるエピソードのように、いにしえから日本人が親しんできた花。

有名な陰陽師の安倍晴明が使用した魔術の記号・五芒星が桔梗印と呼ばれていたり、最近のNHK大河ドラマで人気を博した戦国武将・明智光秀の家紋も桔梗の花でした。

(愛知県豊田市北篠平町にて。2014.8.25)

このように古くから日本人にでなじみ深く、以前は普通に野山で目にすることも多かった桔梗の花ですが、最近めっきり姿を見なくなりました。

気が付けば環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定され、野生種は激減している様子…

里山で見かけた上の写真の花も今はもうありません。

草原に花を咲かせる桔梗は、人の手が適当に入る「半自然草原」が開発などで減少した結果、残念なことに絶滅の危機に瀕するまでになってしまいました。

そんな桔梗も、高山に目を向ければ、その名を冠した美しい高山植物として今もかわらず登山者の目を楽しませてくれていました。

そう『チシマギキョウ』と『イワギキョウ』です。

(鷲羽岳・ワリモ岳を背景に咲くチシマギキョウの花。北アルプス 水晶小屋稜線にて。2018.7.22)

稜線に咲く、夏を彩る紫色の代表的な花たち

どちらにもキキョウの名前がついているように同じような紫色の花を咲かせるチシマギキョウとイワギキョウ。

中でもチシマギキョウはコマクサと同様な風衝地や、砂礫の稜線に咲き群落を作る花。

丈が低い割には大きな花を咲かせます。

(北アルプス 西鎌尾根。2018.7.15)

普通のキキョウの花よりは小柄ですが、群落を作るために高山帯ではとても目立ちます。

風衝地の厳しい環境に咲く花はコマクサやシコタンソウ、オヤマノエンドウなど小さいものが多いのですが、チシマギキョウの花は、それらに比較するとやはり大きく、見栄えがするからでしょう。

(中央アルプス 千畳敷カールにて。2020.8.16)

白や黄色、そして赤色の花をつける高山植物は多く、花の形も似ていて判別に苦労する場合も多いのですが、紫色の花はオヤマノエンドウやウルップソウなど、個性豊かな花だからでしょうか、まず間違える事はありません。

では、チシマギキョウとイワギキョウはというと… なんとなく名前は憶えていてもはっきり違いが分かる方は意外と少ないかもしれません。

(北アルプス ワリモ岳付近のチシマギキョウ。2018.7.22

これは『チシマギキョウ』? それとも『イワギキョウ』?

(中央アルプス 宝剣岳稜線。2020.8.16)

以前は『横向きの花はチシマギキョウ、上を向いて咲いているのがイワギキョウ』と覚えていましたが、実はそれほど単純でもないようです。これはあくまでも比較の上のことなので、遠目ではどちらか分からない事も度々あります。

イワギキョウの花は「上」というより「斜め上」を向くものが多い気がします。

最も簡単な見分け方はチシマギキョウには『花びらに小さな毛が生えている』ことです。上の写真でも小さな白い毛のようなものが花びらの周りに確認出来るので、この花はチシマギキョウだと確認出来ました。

では、こちらの花はどうでしょう?

(北アルプス 西鎌尾根。2018.7.15遠目ではすぐに分からない場合も多く、近くに寄れない場所で見かける事もあります。

うーん、花で分からないのであれば他の部分を見て判別したいところ。

この時は萼片からチシマギキョウと判断しました。

イワギキョウの花を接写した写真がありました。これを見ればはっきり違いが分かるはずです。

(北アルプス乗鞍岳 畳平 鶴ヶ池周辺。 2015.8.9)

イワギキョウの花には毛がないのがよく分かります。また、萼片が鋸葉のようになっている上に尖り気味。

チシマギキョウの萼片はもっと三角形に近い形をしています。

(北アルプス乗鞍岳 畳平 鶴ヶ池周辺。 2015.8.9)

もうひとつ、2つの花を区別するのに『花の咲く時期』があります。どちらも夏の高山帯の砂礫地や岩の間に咲き、群生をつくるのは同じですが、チシマギキョウのほうが若干早く開花します。感覚的ではありますが、7月に北アルプスを歩けばほとんどがチシマギキョウの花でイワギキョウはあまり見かけない気がするのです。

どちらも紫色の大きな花が群落を作り、砂礫地の尾根歩きではとても目立つ花です。見かけたら近くによって観察すれば、すぐに違いが分かるはず。

また、イワギキョウは雪田周辺の礫地など、チシマギキョウよりもより湿った環境を好み、両者はめったに混生しないと思われます。『花の咲く環境』も違います。

上の写真も乗鞍岳山頂部、雪解け後の山上池周辺で撮影したものです。

どうりで、チシマギキョウとイワギキョウが混生しているお花畑を見たことがないわけですね。

見分け方が分かれば、高山植物にももっと興味がわいてきます。花の世界は奥深く、楽しい!

 

【チシマギキョウ】

キキョウ科ホタルブクロ属。

和名「千島桔梗」

アジア北東部から千島列島、アラスカ州にかけて分布。日本では中部以北と北海道の高山帯に群生する。千島列島で最初に採取されたのが名前の由来。砂礫地に咲く高山植物。南樺太では日本の領土下で天然記念物として大切に保護されていた。花期7-8月。

花言葉「貞節・忠実・誠実愛」

【イワギキョウ】

キキョウ科ホタルブクロ属。

和名「岩桔梗」

分布はほぼチシマギキョウと同じだが、より湿地を好む。花期7-8月。

田中澄江「新・花の百名山」48 仙丈ヶ岳

花言葉「誠実愛・感謝」