リケジョとのリハビリ奮戦記

今年のミス日本には東大生の杉本雛乃さんが選ばれた。

「リケジョ」が脚光を浴びる話題が最近多い。

僕の近くのリケジョの話…

「もっとしっかり力入れてっ !! 」

「うううっ、こ、これ以上は…」

「ここから、ここから、ハイ ! 止めて ! そのまま…10まで ! いち、にぃ、さん … まだまだ! ハイ、よん、ごぉ …」

(イテテ、イテテテテ… き、きついよぉ…)

『軍曹』あらわる!

『軍曹』は僕のリハビリをしてくれる作業療法士だ。名前はいかついが、新潟の学校を卒業して実家の山形から名古屋に出て来てまだ4年。自分の子供と同じ年齢まではいかないが、若い。

が、腕っ節が強い訳ではない。いかつい顔で迫って来て、僕をいたぶるようにリハビリする訳でもない。無理に腕ずくで体を押さえつけたりもしない。

軍曹は… 女の子だ。

軍曹は、一見「ポーっと」している。チャキチャキではない。

軍曹は、実は勤めてクールだ。

そのリハビリのアプローチは、確かに身につけた手に関する医学的知識に裏付けされていて、極めて論理的。説明がいちいち理にかなっている。こちらも「ふむふむ、成る程」と納得し、言われる通りに身体を動かす。もちろん、痛い時もある。

ハッパをかけられる時もある。だけど、言葉の裏に確かな自信と確信が見える。だからこちらも不安がない。安心して身体を預け、施術を受けいれる。

軍曹は、作業療法士であり、より高度な知識と経験が必要な、手の医学的療法を施す「ハンドセラピスト」を目指している。

資格の前提として、最低10年の外科臨床経験が求められ日本ではまだ認定セラピストが45人ほどしかいない。

これからプロのセラピストを養成していこうと日本の医療学会は旗を揚げたばかりのようだ。その点ではある意味、将来性のある職業だと思う(尚、一言付け加えると、「ハンドセラピスト」はあくまで医療に従事し、あまたのいわゆる美容目的が主たる「アロマハンドセラピスト」とは全く違います)。

軍曹は、ハンドセラピストになる夢を持って実践を積むために生まれ育った東北から出てきた。

その分野では国内でも進んでいて人脈が豊富なのが、この愛知県。そしてここで僕のいる病院に職を見つけたという「筋金入り」なのだ。

先をしっかりと見据え目標を持っている。落ち着いた言動はそのためか。常に筋のたった説明が口をついて出てくる。

軍曹はいわゆる「リケジョ」と言ったら本人は怒るだろうか。

「軍曹」と勝手に呼んでいるのもさらりと受け流している… 表向きは。たぶん気にもしてないんだろう。

リハビリの日々

初めての「リハビリ」は日々、忍耐と辛抱の現場だ。僕の左手はまだ山に登るためには不自由すぎる。

握力は5kg以下、満足にゲンコツも握れない。指で紙をつまむのが精一杯だ。それ以前に、日常生活の動作も満足に出来ないのだ。リハビリを続けないとどんどん関節が固まり、筋肉はもっと落ちていく。

一方で、心臓のバイパス手術をしてまだ1ヶ月もたっていない。本当はキバったり、イキんだりするのは術後の心臓に負担が大きいから今の時期は絶対避けないといけない。

リハビリではどうしても筋肉を鍛えるため、力む事が避けて通れないのだが。

何とも皮肉な話だ。

心臓に負荷をかけずに左手のリハビリしないといけないなんて。左手の「コンパートメント症候群」は心肺停止で意識を失って救急搬送され、応急処置の最中に行った左前腕部へのバルーンパンピング時にカテーテル内に出血したのが原因。

「もらい事故」と言うと怒られてしまうし、命を救ってくれたドクターやICUの看護士さん達には僕は一にも二にも感謝の気持ちしかない。一命を救ってもらったのだ。

左手ぐらいは自分の力でリカバリーしようじゃないか!

パートナーあってのリハビリ

軍曹は、そんな僕の大事なパートナーだ。確かな知識と指導で、日々… 指が、手首が、肩が動いてきた。毎日、少しずつ何か進展がある。

昨日は中指が動く範囲が大きくなった。今日は肩の上まで手が上がった。そして明日は?

軍曹の豊富な知識と論理的説明に引き込まれて、僕も熱心にリハビリを工夫しようと考える。そして実践する。

軍曹も患者が自分が導くリハビリに応えて日々症状の改善が見られるのは、やはり大きな喜びだと言う。いわゆる、”win – win “の関係だ。

リハビリは長期にわたる。そして、意外にも手は極めて繊細な知覚のため『第2の脳』と呼ばれる奥の深い身体の部位。

知れば知るほどに、リハビリの大切さと、専門家の必要性を感じる。辛いリハビリが軍曹のおかげで日々高いモチベーションで充実した時間になっているのは確かだ。

軍曹との二人三脚のリハビリは明日も続く。心強い、最強の味方だ。

(だから、呼び名も「軍曹」のままでいいか…)リハビリと聞いて戦々恐々の僕が勝手におどけて名をつけたのが「鬼軍曹」から思いついた「軍曹」だった。

でも、軍曹は鬼じゃなかった。  

「ハイ、もう1回行きますよ~、頑張って下さいね。中指、伸びてきてますよ~、いい調子です。」

将来、立派な「ハンドセラピスト」になると確信している、それが軍曹だ。

がんばれよ、軍曹! 俺もリハビリがんばる(でも、お手柔らかに頼みます)。

僕の山への復帰も軍曹のおかげで思ったよりも早いかもしれない。

そうなったら、こんなに嬉しい事はない。夏には北アルプスから軍曹に、写真を送ってビックリさせてやりたい。

あ、リケジョの軍曹は…実は結構「童顔」です。

★本記事は2018.10.4にヤマレコへ投稿した記事を移動・加筆しました。

(写真:精一杯握ったゲンコツ/軍曹の考案したリハビリ用装具)